マーケティングのセオリーは「顧客のニーズを満たすこと」です。ところがこのセオリーに逆行し、確固としたコンセプトを元に、独創的なサービスを生み出し、消費者の評価を得る自治体や地方の中小企業が存在します。彼らは「自分達の商品をどのように見せるか?」に徹底し、見事に成功を手にしました。詳細に事例を解説いたします。
貴方の提供するサービスに確固たるコンセプトは存在していますか?
喫茶店の取材をして、専門誌に記事を掲載する仕事をやっていた時のことでした。
ある人気喫茶店の店主がふと、
「客のニーズは聞かないようにしています」
と話してくれたのを聞いて、思わず「えっ!」とびっくりしたことを覚えています。
マーケティングの本にはよく、「客のニーズを聞け!」と書いてありますから、セオリーとは全く真逆。
しかし、店主の話は続きます。
「客は色々なことを言います。やれ、カレーを出して欲しい。スパゲティもあったらいいな。
寒い時期には“おしるこ”が欲しいなと。
こんな客の声をいちいち聞いていたら、私の店は、何の店か分からなくなってしまいます」
店主の話を聞いて“なるほど”と納得しました。
そこで、どんなことを重視して店をやっているのかと聞くと、
「こんな店にしたいという“私の想い”を重視しています」
という答えが返ってきました。
あとから考えると、この店主はコンセプトを明確にし、コンセプトに基づいた経営を行っていきたい、と考えていることに気が付きました。
この店主は私に、サービスを提供する側が、如何にしっかりとしたコンセプトを持つべきか、その重要性を教えてくれたのです。
人口だいたい1000人の村が作るゆず製品はなぜバカ売れなのか?
舞台は変わり、高知県に馬路村という村があります。
馬でしか行けないから“馬路村”というのが、村の名前の由来とされる山奥の村です。
ホームページには、人口がだいたい1000人と書いてありました。
“だいたい”という表現が、私の好みにピッタリです。
この馬路村では、2001年より有機栽培でゆずを育てています。
そして彼らは、収穫したゆずを、ゆずしぼり、ゆずドリンク、ゆず化粧品などの製品に加工して全国に販売しています。
このゆず製品の売上げは、なんと30億円を超え村の一大産業になっています。
ところで、ゆず製品自体は、馬路村だけにあるわけではありません。
私の住んでいる相模原市でも、藤野地区では、ゆず製品の販売を積極的に行っています。
また、全国でも各地でゆずを生産販売している場所が、数多く存在します。
では、なぜ馬路村のゆずは、これほどの大ヒット商品となったのでしょうか?
それは馬路村農協メンバーを中心とする村民が、購入する都会人が「何を欲しているのか」を徹底的にリサーチ追及したからです。
彼らはリサーチの結果、都会の人たちが、
- 小学唱歌「ふるさと」の歌詞のように豊かな自然に囲まれた日本の原風景
- 人と人がつながり誰もが顔見知りでお互いに助け合って生活している田舎の暮らし
のように、ゆずの果汁や化粧品だけでなく、日本の原風景や田舎の暮らしを求めているのではないか?ということに気付きました。
そこで、馬路村のゆず製品を「村をまるごと売る」というコンセプトで企画開発しました。
パッケージも、このコンセプトのもとにデザインされました。
更に、一旦商品を購入すると、手書きの年賀状が来るなど村人のように扱われる施策も講じました。
現在、大手企業が実施しようとしている最新のCRM活動すら、彼らは先んじて実践したのです。
このように、いったんコンセプトが明確になると、設定したコンセプトをもとに、どんなことをやれば良いかハッキリします。
コンセプトの持つ凄さを、馬路村の事例からご理解いただけるのでは無いでしょうか?
閑古鳥が鳴いていた旅館を変えた「お二人様専用」というコンセプト
次にご紹介するのは、山形県米沢市にある「すみれ荘」という温泉旅館です。
以前のすみれ荘は、客単価8000円で稼働率は4割、閑古鳥が鳴いている廃業寸前の宿でした。
米沢市と言えば米沢牛が名物ですが、山形県の旅館の場合、これを前面に打ち出しても差別化にはなりません。
ご当地ならば、誰もが米沢牛をウリ文句にするからです。
そこで、すみれ荘が考えたのは「お二人様専用」というコンセプトでした。
ホームページには、
当館はおふたりさま専用の旅館です。
大切な人との特別な時間がある「時の宿すみれ」
と紹介されています。
「自然の中で、二人だけの大切な時間を持ってもらう。」
このコンセプトを守るために、すみれ荘は全てを徹底しました。
- 部屋にテレビを置かない。
- 子供連れはお断り。
- 部屋食もやめる。
- カップル・夫婦、母と娘、女友だち同士、姉妹での利用、あるいは、子供たちが両親に温泉の旅をプレゼント。
というシチュエーションを作り上げていきます。
その結果、客単価は2万円、稼働率は9割となり、なかなか予約が取れない人気の温泉旅館になりました。
とがったコンセプトが、閑古鳥旅館を大きく変えたのです。
コンセプト作りとはWhatをHow化しオリジナリティを生み出す活動
私がずっと以前にお会いしたことがある、プランナーでコンセプターの平林千春さんは、彼の著書である「コンセプト・メイクの技術」で、
コンセプトとは、WhatをHow化したもの
と著述しました。
つまり、「What(何を)」を、「How(どのように)」実行するかを明確にしたものが、コンセプトであるというわけです。
この定義に、馬路村のゆずとすみれ荘のコンセプトを当てはめてみましょう。
- 馬路村:What「ゆず製品を」How「村ごと販売する」
- すみれ荘:What「温泉旅館を」How「おふたりさま専用として提供する」
ということになりますね。
いずれの事例も、「What」は差別化が難しい、もしくはコモディティなものでありながら、「How」が圧倒的に独創的であることにより、消費者に受け入れてもらうコンセプトを確立しました。
つまり、コンセプト作りとはWhatをHow化し、企業にオリジナリティを生み出す活動と言えます。
2つの事例は、同じような立場に立たされる中小企業にとって、多くの学びを与えてくれます。