江戸時代の名君は節約上手 現代に通ずる教訓

経営

江戸時代の藩主は現代の経営者と似た立ち位置に置かれていた。

幕府の中央集権体制のもと利益は削がれやすく、費用は多く支出させられる仕組みが出来上がっていたため、健全な藩の運営は非常に困難だった。そのため「名君」と呼ばれる藩主は常に節約に勤め、藩の財政健全化に取り組んだ。

現在の企業経営に活かせるヒントは多い。

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お殿様はストレスの塊赤字の藩運営は大変

江戸時代が260年も続いたのには理由がある。

藩の利益は「参勤交代制度」や「築城・治水工事」によって幕府に吸い取られる仕組みになっており、藩は幕府に対抗する力がなかったのだ。ほぼ全ての藩が借金を抱えており、財政が潤っていたのは、300有余藩があるうち両手で数えるほどだった。

慢性的な借金・利子返済に追われ、一揆やお家騒動があれば、すぐにお家取り潰しになる。そのストレスやさぞかしのものだったはずだ。

そのため、「名君」は常に節約に励み、新たな産業組成に力を注いだ。

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給料80%カットも名君節約エピソード

上杉鷹山(1751-1822)

米沢藩(山形県)9代藩主藩の源流は戦国大名の代名詞「上杉謙信」

藩主となった当時、米沢藩は150〜200億円の借金を抱えていた。

鷹山はまず江戸での生活費を約1億5,000万円から2,000万円へ減額した。また、食事は自ら一汁一菜で質素に暮らし、家臣へ倹約の姿勢を見せた。

更に飢饉に備え備蓄米を蓄えるなど政策を藩に根付かせ、鷹山の二代後斉定が藩主となった時代に米沢藩は無借金状態となった。

※1上杉鷹山Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%9D%89%E6%B2%BB%E6%86%B2

鍋島直正(1815-1871)

佐賀藩(佐賀県)10代藩主明治維新を達成した「薩長土肥」の一角

藩主となった当時佐賀藩は、先代の狂遊や台風の影響を受け財政破綻状態にあった。参勤交代の帰り道は借金取りに防がれ佐賀に帰れないほどだった。

直正は藩主になったと同時に、役人を5分の1に削減するなど節約政策を打ち出し歳出を減らした。

更に借金の8割放棄と2割の50年割賦を認めさせ、磁器・茶・石炭などの産業育成・交易に力を注ぐ藩財政改革を敷いた。

財政は大幅に改善し、佐賀藩は倒幕に必要な武力を得る資金を獲得した。

※2鍋島直正Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8D%8B%E5%B3%B6%E7%9B%B4%E6%AD%A3

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名君達の節約姿勢現代の経営者に大きな教訓

鷹山は支出を抑え蓄えを作り筋肉質な財政を藩にもたらし、直正はリストラと民事再生を思い切って断行し借金の少ない状態で新たな事業に注力、成功した。

企業の経営は攻め(利益を出す)と同時に、節約して経営を健全化することが重要である。

利益が出れば法人税を取られ、借金との戦いもある現代の企業経営者に、300年前の名君が残した節約エピソードは多くの教訓を与える。

【歴史は繰り返す】僕達が生きる現代情勢は江戸時代幕末とよく似ている
名宰相ビスマルクの「賢者は歴史に学び愚者は体験に学ぶ」という金言にあるように、過去の歴史から自分たちのこれから行くべき道を効率的に学び取るのは得策だ。金融緩和によるインフレーション、国際貿易の自由化、愛国主義の膨張、僕達が生きる現代情勢は幕末のそれとよく似ており、これからを生きるヒントが満載だ。
経営歴史節約
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