セブン&アイ鈴木氏が経営学や経済学より心理学を活用したわけ

マーケティング

 先日引退を表明した、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEOは、『消費は経済学や経営学ではなく「心理学」で考えなければならない』という考えを、折に触れて述べていました。鈴木氏の主導のもと、消費者の心理を読み切り、大きな成果を上げた販促キャンペーンが、なぜ成功したかを、心理学の観点から、マーケティングのプロに読み解いてもらいました。

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セブン&アイ鈴木会長は心理学で消費を考えた

 こんにちは。ジェネシスコミュニケーションの松尾です。

 現代の最も偉大な経営者のひとり、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEOが先日、引退を表明しましたね。

 鈴木氏といえば、セブンイレブンを日本に導入し「コンビニエンスストア」という新しい小売業態を定着させることに成功した立役者であることは、皆さんご存知でしょう。

 「時代錯誤の経営采配により、イトーヨーカドーの業績低迷を招き、事業承継問題を起こし、晩節を汚した」という意見もありますが、彼が成し遂げた偉業から、私達が多くを学べる点に変わりはありません。

 さて、鈴木氏はかねがね『消費は経済学や経営学ではなく「心理学」で考えなければならない』と述べていました。

 心理学とは、わかりやすく言えば、「人の心はどんなときどのように動くのか」という一般的な「心理傾向」や「反応パターン」を理論化したものです。

 ですから、心理学を理解し活用すれば、より効果的に購買意欲を刺激できる広告や販促を行うことが可能になるのです。(私自身、「マーケティング心理学」という切り口で、消費者心理を体系化する活動を行っています)

 では、鈴木氏の主導のもと、消費者の心理を読み切り、大きな成果を上げた販促キャンペーンが、なぜ成功したかを心理学の視点で読み解きましょう。

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消費税分還元セールが消費者の心を掴んだワケ

 1997年、消費税が5%に引き上げられた際、イトーヨーカー堂では「消費税分5%還元セール」を実施、売上が6割も伸びるという大成功を収めました。この販促キャンペーンを覚えていらっしゃる方も多いことでしょう。

 当時、同社社内では、「1割引き、2割引きセールでもなかなか売れないのに、たった5%の割引きで消費者が動くはずがない」という反対の声が上がりました。しかし、現実には多くの消費者が反応し、他の小売店も次々と追随しました。

 なぜ、消費者は実質5%の割引を魅力的だと感じたのでしょうか?

 その答えに関連するキーワードは「損失回避傾向」です。

 私たちは、「得をする・儲かる」こと以上に「損する」ことを嫌がる傾向があります。これは、「心理学」、および「行動経済学」の研究で裏付けられています。

 「1割引き」「2割引き」といった割引セールは、通常販売価格よりも割安で購入できるということですから「得をする」販促キャンペーンですね。

 ただ、どこのお店もしょっちゅう割引キャンペーンをやっていて、私たち消費者は値引きに対して慣れっこになっています。1割や2割の値引きは、もはや当たり前のものです。

 となると、「更に得をした」と感じてもらうためには、3割・4割と割引率を高めていかないと、消費の心が動かなくなっていきます。

 しかしながら、在庫処分でもない限り、原価以上に価格を割り引くわけにはいきませんから、割引率の引き上げには限界がありますね。

 一方、消費税とは販売価格に対して上乗せされるもの。製品の対価として払う本体価格に追加で支払わなければならないという点で「損する」感覚をもちます。

 「税金」とは国民の義務です。それでも、レジでの支払いの際、「なんで余計に払わなければならないのだ」という気持は、今でもちょっと感じるのではないでしょうか。

 イトーヨーカドーが実施した「消費税分還元セール」は、この「損失感」を抹消してくれる効果がありました。

 たった5%でも、「損した感覚」を消してくれるというのは、理屈ではなくまさに感覚的に魅力だったというわけです。

 当時の鈴木会長が「損失回避傾向」という心理学・行動経済学のキーワードをご存じだったかはさておき、まさに「消費者心理」のツボを押さえていたことには違いありませんね。

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テクノロジーが進化しても人の心は普遍的だ

 ちなみに、「損失回避傾向」が効いている販促施策としては、「配送料無料」も挙げられます。

 「配送料」も、本体に対する支払いに対して追加的に発生する出費です。「仕方がない」とわかりつつもなんとなく「損している」という感覚がありますね。

 ですから、「配送料無料」もまた、「損失感」を回避できるものとして消費者が思わず惹かれてしまうというわけです。たとえ、1割引き、2割引きセールのほうが実質的な総出費は少ないとしても。

 テクノロジーが進化し、購買形態が多様化した現代においても、鈴木氏の『消費は経済学や経営学ではなく「心理学」で考えなければならない』という考えは、何ら古臭いものではなく、むしろ普遍的な教えとして学べるものです。

 私達は、消費者心理に沿ったセールスを実践することから、これからの時代もビジネスにおける活路を見出すことが出来ます。

 人は心で動くからです。

 なお、私たちは「なぜ損することをそんなに嫌がるか」についての説明も面白いのですが、それは別の機会に譲りたいと思います。

マーケティング
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松尾 順

株式会社ジゾン
コンサルティング準備室 室長

早稲田大学商学部卒。マーケティング・プロデューサー。
ニールセン・ジャパン、CRC総合研究所でマーケティングリサーチ、コンサルティングに従事した後、電通ワンダーマンで、データベース・マーケティングやCRMの企画・プロデュースを経験。さらに、ネットベンチャーの立ち上げにも執行役員として参画した。

現在は、心理学、行動経済学といった消費者心理・行動の理解に役立つ学問分野の研究を活用し、売れる商品づくり、効果的なコミュニケーション開発に取り組む様々な企業をマーケティングリサーチからマーケティング施策の企画・運営までトータルに支援している。

株式会社ジゾンでは、CMSシェアナンバーワンのソフトウェア「HeartCore」の導入に伴うマーケティングコンサルテーションを担当している。

【著書】
『ブランディング戦略―ブランディングの基礎と実践 (広告キャリアアップシリーズ) 』誠文堂新光社
『[実務入門] 営業はリサーチが9割! 売上倍増の“情報収集”完全マニュアル (実務入門)』日本能率協会マネジメントセンター
『先読みできる!情報力トレーニング (ビジマル)』TAC出版

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