スポーツ審判が‘無意識’に誤審してしまうのにはワケがある

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 オリンピックの度に毎回起こる論争の一つに「誤審問題」があります。良識のある審判ですらジャッジを公正に行うとしても、ミスする場合があります。なぜなら「無意識」のうちに、ある種の感情に影響を受け、主観的な評価をいれようとする「不作為バイアス」が働きやすいからです。詳細に解説いたします。

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オリンピックの度に巻き起こる誤審を問う論争

 こんにちは。ジェネシスコミュニケーションの松尾です。

 日本の代表選手によるメダルラッシュに沸いたリオオリンピック2016も、残すところあと僅かの日程となりました。

 なかでも圧巻だったのは、体操男子個人総合において、大接戦の末、2大会連続で金メダルを獲得した内村航平選手でしょう。

 さらに、その後のメダリスト会見で、内村選手に対してある記者から、

  「「わずか0.1ポイント差の勝利です。あなたは審判から同情を受けたと思いませんか?」

 という質問が出たことも話題になりました。

 内村選手はこの質問に対し、

  「そんなことは全く思っていない。どんな選手でも公平に審査してもらっていると思っている」

 と返し、さらに銀メダリストのベルニャエフが、

  「誰でも個人的な感情は持っているけど、スコアをつけることの公正さは、みんなが知っている。さっきの質問は全く意味がない」

 とコメントしたことも世界の人々を感動させましたね。

 このように、オリンピックではいつも、審判の誤審を問う論争が生まれます。

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「不作為バイアス」で紐解く誤審が起こる理由

 さて、オリンピックという大舞台で名誉ある審判を任された人たちは、公正で客観的な評価をしようと、最大限の努力をされていることに疑いの余地はありません。

 しかしながら、実のところ、スポーツの審判には、‘無意識’に、ある種の感情に影響を受け、主観的な評価が入ってしまう場合があることが、心理学の研究からわかっています。

 それは「不作為バイアス」と呼ばれるものです

 「不作為バイアス」は、自分が行動したことによって、ネガティブな結果を招くことを避けようとするため、意思決定に当たって、できるだけ「行動しないこと(不作為)」を選択しようとする傾向のことです。

 この「不作為バイアス」を如実にあらわす心理学の実験を、次項でご紹介しましょう。

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不作為バイアスのメカニズムを示す「ある実験」

 被験者は、あるインフルエンザの予防接種を、自分の子供に受けさせるかどうかを聞かれます。

 このインフルエンザに感染すると、3歳未満の子供の場合、命に関わることがあり、[子供1万人あたり10人]が死亡しています。

 一方、予防接種を受けると感染を避けることができますが、[子供1万人当たり5人]が、予防接種を受けたせいで亡くなることがわかっているという状況です。

 確率論に照らせば、予防接種を受けたほうが亡くなる子供がより少ないわけですから、合理的な選択は、「予防接種を受けさせる」という判断になるはずです。

ところが、多くの親は、「予防接種を受けさせない」ほうを選ぶのです。

 なぜなら、予防接種を受けさせて、万が一、自分の子供が死んだら、自分の責任だと感じざるを得ないからです。親としては、そんなことは避けたいと考え、予防接種を受けさせないことにするわけです。

 しかし、もし、「予防接種を受けさせない」という選択をした結果、子供がインフルエンザに罹って、不幸にも死んでしまったらどうでしょうか?

 当該インフルエンザによる死亡率の高さを考えると、予防接種を受けさせないほうがよほど責任重大です。

 ところが、人間心理としては一般に、「行動したことによる結果」よりも、「行動しないことによる結果」のほうが抵抗がないのです。

 結果に対して、「自分の意志」が明確に影響を及ぼしていないように感じられるからでしょう。

 そこで、人はなるべく、結果に影響を及ぼさないように思える「行動しないこと=不作為」を選ぼうとするのです。

 これが「不作為バイアス」です。

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審判だってにんげんだもの〜人の心理は論理だけで紐解けない

 同様に、スポーツの審判の場合、ゲーム中の自分の判定がその後の展開、ひいては勝敗に影響を及ぼす立場にあります。

 サッカーなどで残り時間がたっぷりあって、勝負の行方がまだまだわからないような状況では、審判はためらいなく判定することができます。

 しかし、ここでゴールを決めるか、決めないかがゲームの勝敗を決するような状況では、審判はなるべく、「(勝敗を決定づけるような)行動をしないこと」を‘無意識に’選ぼうとするようです。

 つまり、基本的に、勝敗は選手たち同士のプレイで決めさせたい。審判の判定で勝負を決めるようなことはしたくない、という意図が無意識に働いていると考えられます。

 具体例を示しましょう。

 野球についてのデータ分析の結果では、バッターがツーストライクと追い込まれている状況(ツーストライク・スリーボールのフルカウントは除く)で、次にピッチャーが投げた球を見送った場合、本当は「ストライクゾーン」に入っていたにも関わらず、審判が「ボール」と誤審した割合が39%もありました。

 これは、ツーストライク以外で見送った場合の誤審率と比較して、なんと2倍の数値になっています。

 また、逆に「スリーボール」の状況で、次の球をバッターが見送った場合、本来ボールであったのに「ストライク」と誤審した割合は20%で、全体の11%と比較して、やはり約2倍の誤審率となっています。

 なぜこのような誤審をしてしまうのでしょうか?

 要するに、審判はなるべく打席を長引かせ、バッター自身に打たせて結果(アウトかヒットか)を決めさせたいという「無意識の心理」が働いているのでしょう。

 言い換えると、審判としては自分の判定によって、1塁に歩かせたり、ストライクアウトといった結果を招きたくないのが本音なのです。

 まさに、審判の誤審の背景には、「不作為バイアス」が働いているのだろうと、考えざるをえないわけです。

 どう考えても「ありえない誤審」はさておき、当事者である選手同士に勝負をつけさせるために、勝敗を左右するような決定的な判定をあえて行なわないという審判の「不作為」は、ゲームを面白くします。

 論理的ではないけれど、社会的な視点では納得性の高い行動と言えるかもしれません。

 公平性を重視される審判の世界でも、このように論理的でないジャッジが行われるわけですから、「いわんやビジネスをや。」という点を踏まえておくと、ビジネスが更に面白いゲームとなるかもしれません。

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松尾 順

株式会社ジゾン
コンサルティング準備室 室長

早稲田大学商学部卒。マーケティング・プロデューサー。
ニールセン・ジャパン、CRC総合研究所でマーケティングリサーチ、コンサルティングに従事した後、電通ワンダーマンで、データベース・マーケティングやCRMの企画・プロデュースを経験。さらに、ネットベンチャーの立ち上げにも執行役員として参画した。

現在は、心理学、行動経済学といった消費者心理・行動の理解に役立つ学問分野の研究を活用し、売れる商品づくり、効果的なコミュニケーション開発に取り組む様々な企業をマーケティングリサーチからマーケティング施策の企画・運営までトータルに支援している。

株式会社ジゾンでは、CMSシェアナンバーワンのソフトウェア「HeartCore」の導入に伴うマーケティングコンサルテーションを担当している。

【著書】
『ブランディング戦略―ブランディングの基礎と実践 (広告キャリアアップシリーズ) 』誠文堂新光社
『[実務入門] 営業はリサーチが9割! 売上倍増の“情報収集”完全マニュアル (実務入門)』日本能率協会マネジメントセンター
『先読みできる!情報力トレーニング (ビジマル)』TAC出版

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