一億総中流のニッポンは既に大昔のこと。お金を稼ぐ人はどんどんお金を稼ぎ、お金を稼げない人はますます稼げなくなっています。その理由は、知識社会と言われるように、ビジネスにおける競争の本質が「コスト競争」から「知的競争」に移り変わっているからです。知識社会の時代に中小企業が生き残るには、果たして何をしなければならないのでしょうか?
儲かる人と儲からない人の差がひらく知識社会
知識社会と言われる現代におきまして、年収差が大体10倍くらいは簡単につくような社会になってきました。
でも、アッパー層の人達って、「自分たちの年収が上がっている」という事実をあんまり言わないんですよね。
ですから、たとえば、ここ東京の中野区あたりだとパッと地図にコンパスをさして、半径500メートルでグルっと円を描くと、まぁ年収2,000万円以上は最低でも200人くらいはいます。
それくらい年収が高い人っていうのは結構いるものです。
そういうことを踏まえて知識社会をどうやって生きていけば良いのか、どうやって中小零細企業が生き残れば良いのかをお話します。
知識社会では「知的競争」なくして儲からない
知識社会というのは、ドラッカーさんが1957年くらい、私が産まれる10年くらい前にですね、「知識社会は格差拡大の社会になっていくだろう」という形で言及されています。
古くは日本だと福沢諭吉先生が、資本主義の生き方っていう感じで、「勉強しない奴は貧乏になっていくから勉強しろ!」 とおっしゃってます。
勉強をちゃんとやっていかないとダメだよ!ということで、あの「学問のすすめ」という本が出たわけでございます。
この格差が拡大していく社会というものを、今を生きる我々は実際に目の当たりにしています。
少子高齢化になる時も、「少子高齢化がこれから必ずやってくるから、これまでのビジネスモデルが絶対通用しないんだ」というセミナーをやったのが、10年以上前なんです。
10年以上前にやったときは、ピンと来なかったんです。
ところが今は少子高齢化で、過去の成功体験が通用しないんだ、というのがだいぶ浸透してきました。
怖いことなんですけれど、競争しているところの階層が完全に分かれていまして、「知的競争」をしているところと、「コスト競争」をしているところで完全に分かれちゃっています。
ですけれど、断然「知的競争」の方が上ですよ。
こっちがいわゆる年収が上がっている方の人たちです。
そしてコスト競争している方は年収が下がっている方の人たちです。
中小企業が儲かりにくいのはコスト競争に組み込まれやすいから
コスト競争で1番露骨なのは、海外に工場を出しちゃうとか、それから日本だと正社員と非正規社員みたいな形の区別もあります。
ただ、コスト競争の方に正社員がいないかというと、コスト競争の中にも正社員自体は存在するんですよ。
ですから、分け方っていうのがちょっと難しいんですけれど、人数比で考えてみると、まぁ知的競争してる人が1人としたら、コスト競争に巻き込まれているのが9人というところです。
あとは、会社自体も中小零細企業というのは多くが、その大企業の下請け、孫請け、ひ孫…みたいな感じで、コスト競争の中に会社自体が置かれています。
そして、会社の中においても、もちろん、「知的競争」の部分と「コスト競争」の部分が分かれています。
ですから、中小企業がキツいのは下請けなんかをやっている場合で、こうなると会社自体が元々コスト競争に組み込まれてしまっているんですね。
こうやって社会構造を全体で捉えると、実際に中小企業の赤字率が7割で、そして10年持つ会社が全体の1割と言われる理由がなんとなく分かると思います。
つまりですね、どっちが生き残りやすいかっていうと、知的競争の世界でやっている方が生き残りやすいわけです。
コスト競争の方は、所詮「安くしろ、安くしろ!安くしろ〜!」って言われるばっかりなのでね。
じゃあ、知的競争の世界にコスト競争をしているところが入れるのか?って言ったら、まずまず無理なんですよ。
よっぽど頑張らないと、知的競争に入れない仕組みが出来上がってしまっています。
コスト競争から知的競争へ移るのは至難の業
知的競争をわかりやすく端的に言うと、やっぱりインターネットです。
まだインターネットが出始めた…というか、実際に日本ではYahoo!さんがその会社を始めて、今20年チョットですけれど、あの知的競争の中にちゃんと入り込んでしまえば良かったわけです。
ところが、今さら知的競争の方に行けるか?というと、知的競争を本気でやっているのは新興勢力側なので、昔のやり方を知的競争に変えるのはなかなか難しいと思います。
やるならば、やっぱり新しい会社をドンと作って、新しいメンバーでやってしまう、そのくらいじゃないと出来ないと思うんですね。
知的競争の人達が集めるメンバーというのは私も常々言っていますけれど、「自ら考え自ら動く」メンバーで、末端までこの思考のメンバーでやりたいっていうのが正直な気持ちです。
ところがコスト競争の世界では指示通りに動く…いわゆる機械みたいな人ですね、そういう人たちが必要とされているわけです。
知的競争をやっている人達にとってみると、このコスト競争側で必要とされている人材は要らないんですよ。
必要無いんです。
ところが現場はどうかと言いますと、かなり知的競争で戦っている会社でも、やっぱり1対9くらいになってしまいます。
100人の会社だったら、知的競争をやっている人たちが10人で、あとの90人はやっぱりコスト競争側の延長線上にいる、指示通りに動く人達なんです。
知的競争の企業内でも年収格差は激しくなる
では、会社の中で露骨に年収で10倍の差をつけることができるのかってなると、なかなか難しいんですよ。
同じ会社の中で年収差は出ませんけれど、ちょっと会社が変われば年収差が10倍になったり、あるいは経営者になったら即10倍になるという世の中なんですね。
ただし、知識社会で大事なのは、常に勉強しなければいけないという事実です。
新しい技術についてとか常に勉強!ですよ。
ですから、18歳の大学受験で勉強が終わるではなくて、知識社会で知的競争を続けるならば、ずっっっと勉強しないといけない(笑)。
その勉強がいわゆる基礎的な知識になるんですね。
この基礎的な知識を得るための勉強会とか塾とか学校とか、これは絶対に無くならないです!
1対9に分かれると、必ずその「1」の方に行きたい!っていう人が沢山いるんです。
1の方になりたいなら、勉強すれば良い、鬼のように勉強すれば良い。
自分も1の方に行きたいから1の方に向けて勉強会に出ると。
1の方の連中にしてみても、自分たちが勉強することをやめたら追い抜かれるかもしれないので、常に勉強するわけですね。
ですから、こういう勉強会の需要は絶対に無くならないです。
だからね〜、先生をやるのが1番良いわけです(笑)。
学校を起こしたり、塾やったり、そういうのが1番良いですね。
でも、知的競争を生き抜く上で、勉強と言っても専門知識を勉強するだけじゃ、これもまた陳腐化してしまいます。
というのも、今はインターネット社会になって、これまではその知識があれば食って行けたのに、食って行けなくなるわけです。
つまり、新しい知識がもちろん必要なんですけれど、それ以上に「知恵」が大事になってきます。
特に我々の年代といいますか、知恵とか人間性で仕事をしなければいけない歳っていうのがあって、大体40過ぎると知恵とか人間性辺りで評価をされるんですね。
ですからその年代になってくると、知恵もきちっと出さなきゃいけない。
それは、もちろん知識とか勉強がベースになって、その上に知恵が乗っかっていくことで、知識社会の競争の中でどうにか生き残っていける。
知識社会では如何に優秀なメンバーを採用するかが鍵となる
残念な話で言うと、これはですね〜人の採用とかをやったことがある人は露骨に感じると思うんですが、やっぱり人間って個体差があるんですね。
なんて言うんでしょう…運動のことについては言っても良いってなっていますけれど、勉強のこととなると、あんまり言っちゃいけないとか、仕事の出来・不出来も言っちゃいけないってなっていますけど。
運動なんて露骨じゃないですか。
だって小学生の頃から運動が得意だった奴が、「運動神経が良い」わけです。ハッキリ言って(笑)。
小学生のときは鈍くさくて、高校生になって、突然!バーーンっと運動が出来るようになる!っていうのは普通は無いですから(笑)。
要するに、勉強とか仕事もそういうもので、多分に遺伝があって、それがベースになっていて、それにプラスして、環境によって積み重ねが出来ていくっていうことも、人を採用している社長さん方であれば感じちゃうはずなんです。
環境は努力ができる環境であること、あとは知的知識については、その人たちが常に知的なものに触れる環境にあったか。
あるいは どういう人たちと付き合ってきた環境か。
こういうものが遺伝の上に積み重なってきたら、年収差が10倍つかないわけがない。
それが当たり前の世の中になってきたのは何故かっていうのは、資本主義の次にやってくる知識社会というものに、私達はもうどっぷり浸かっているわけなんですよ。
だから今、中小零細企業であっても、利益が出ている人達は更に頭が良い人材を採用しています。
頭の良い奴をどんどん揃えているわけです。
どうして頭の良い奴を揃えているかというと、そうしないと「知識社会」を生き残れないからです。