「優秀な人材を獲得したい」と悩み始めた時に、経営者は「どうやったら人徳を積めるのか?」と考え始めます。トイレ掃除を自ら毎日行う…のような美談的な行為では無く、あくまでも商売の実践において人徳を積む方法について、キミアキ先生が解説してくださいます。
採用で悩み始めると経営者は人徳を意識する
今日は「商人として、商売人として、徳を積む」という話をしたいと思います。
この”徳”なんですけど、特に”人徳”ってモノについて聞かれることが多いので、商売人という限られた分野で「どうやって人徳を積んでいけば良いのだろう」という話です。
人徳で悩むという段階についてなんですが、会社を始めると3段階の悩みが発生します。
第1段階としてまず売上で悩みます。なかなか売上が上がらないことで悩みます。
そして、第2段階は資金繰りですね。売上がグゥ〜っと上り調子であってもですね、商売というのは先払いの後貰いなので、売り上げが伸びていても、お金が出ていくことが先なので、資金繰りがけっこう大変なんですよね。
さて、資金繰りも落ち着いてきて、お金もそれほど心配しなくても良くなってきて、よく回ってきたぞ!となれば、最後の第3段階の悩みがやってきまして、今度は人材で悩むわけです。
まぁ、世の中っていうのは所詮は人が動かすので、会社が成長したり成熟すると、自分たちのチームに開業当初とは違う人材が必要となってきます。
開業当初に欲しかった人材と、今必要な人材が段々と変わってくるっていうね。
この時に本物の人材を獲得したいと、そういうケースで、先ほどの”徳”という話がでよく出てきます。
社長に人徳が無いと、良い人材は集まらないんじゃないか?!ってやつです。
自らトイレ掃除…美談的な行為で徳は積める?
極端な話ですけれど、徳を上げるために社長自らトイレ掃除とか率先するみたいな、美談的なものがあるじゃないですか。
じゃあ、トイレを一生懸命ピカピカにするみたいなことをすれば、徳が積めて優秀な人材が集まるのか?となると、私はですね、徳とはあんまり関係無いな〜と思います。
というのも、私自身も日常的にトイレ掃除をしているんですよ。
家のトイレ掃除も私がやっていますし、毎日の掃除も私がやっていますし、それから朝は洗濯物を干して、それから食洗機ですね。
ずっと毎日、土日も関係無くやっています。
この掃除系で徳が積めるかどうかっていうのは、それほど関係無いんではないかな?と私は思っています。
あくまでもキレイ好きなことは良いことなんですけれど、商売に限定した時に「徳が積めるの?」ってなればね〜…。
日常的にそれをやっている人間から見たら、あまり関係無いのかな?って思います(笑)
他人が喜ぶことにお金を使って徳を積もう
では次に、あくまで商売人ですから、お金の観点から考えていきましょう。
他人が喜ぶことにお金を使うと徳は積めるのか?という話です。
お金の使い方で商売っていうのは決まりますから、「他人が喜ぶことにお金を使うと徳は積める」というのは、なかなか納得出来る部分があります。
やはり、万年黒字社長というのは、基本的に人が喜ぶんだったらお金も時間も使うよ〜、という方が多いです。
ちなみに、お釈迦様の托鉢というお説教がありますよね。
お釈迦様はもともと王族ですから、人から物を恵んでもらう必要は無いんですが、托鉢に行く時は、お金持ちの家には行かないで、敢えて貧しい人々のところに行くんです。
それは何故かと言うと、貧しい人が永遠に貧しいのは、他人が喜ぶことにお金を使う、このようなことが一切無いというのが、その理由です。
「もらう」「奪う」こればかりしか考えてないから、貧しい人は貧しいままなんだって、お釈迦様も考えたわけです。
だから良いことに自分の施しをあげるという、そういうことを習慣付けするために、お釈迦様は貧しいところに托鉢したといわれていますね。
商売人として徳を積む上で、他人が喜ぶことにお金を使うっていうのは、こう考えてみると、大変有意義なことだと私は思います。
「三方良しの精神」を持つことで徳を積もう
更に、商売の上手な人たちは、昔から他人が喜ぶことにお金を使ってきました。
売り手良し、買い手良し、世間良し。
これは滋賀県、昔は近江と呼んでいましたけれども、近江商人の「三方良し」の精神ですね。
要するに、みんなで買い叩いたりしないし、それから無理に値引いたりしないで、売り手良し・買い手良しの関係を作ると。
更に、儲けたお金で橋を架けたり、学校を作ったりして、還元して世間良し、という状態を作ることで、発展してきたわけです。
近江商人たちはもともと行商なんですね。行商でぐる〜っと回って稼いで、そして世間に還元するってね。
未だに近江商人の三方良しを、商売の基本として社訓としているところもありますし、それから社長さん方も、本当にこの三方良しを大事に大事にして、自分の信念にされて商売している方も多いです。
こういうことをやっていると、商売人としてはそれなりに徳を積めると思います。
他責思考や買い叩きは徳を無くす典型的な行為
それから今度は逆に、徳を無くすパターンについても考えてみましょう。
まず、責任問題で必ず人のせいにする人。
世間が悪い〜、あいつが悪い〜、従業員が悪い〜、とか言うような他責の人は、全く以て味方に付きたくないですし、徳も積めない人です。
あとは買い叩きをする人ですね。
買い叩きをする人にも色々と言い分はあるんです。代表的なものだと、「自分だって買い叩かれてるんだから!」っていうものですね。
でも、買い叩くときに仕入れ先さんを買い叩く、外注さんを買い叩く、そして従業員さんをも買い叩く。
こういうことをやっている人に、私は味方したくないんですよ。
こういうことで人徳というものが問われるときに、じゃあ私が味方しなくてもね、他の人が味方してくれたら良いじゃないかって、そういう考え方はありますけどね。
結局、類は友を呼ぶと言いますが、徳を積むならば早くこういう環境、もっと言えば下請けから脱却しなければならないです。
人徳を積む一番効果的な方法は良い人と付き合うこと
それと、これが一番に思うことなんですけど、付き合う相手次第で人徳は変わります。
人間ってみんな、本当ににコンプレックスがあるし、悪い所なんて山程あるんですよ。
どんな万年黒字社長だって、欠点なんか山程持っているんです(笑)
例えば私も飲みの席で人に紹介されるときに「この人、夜はただの酔っ払いですけれど、酒飲んでいないときは、すごく仕事がデキる人なんですよ。」みたいにご紹介するおバカがいるんですけど(笑)、人間って欠点がいくつもあって当然なんですよ。
だって人間ですもん。
でも、付き合う相手次第で、本当に自分自身も少しずつ変わっていけるんですよね。
人間って欠点だらけだけれども、良いところも結構出てくるんですよ。
でもこの良い所がどうすれば出てくるかって言うと、本当に付き合う相手次第なんです。
自分の決意とかでは、なかなか出てこない部分なんですよ。
付き合う人たちを見て、自分もああいう風になって行かなくてはな…って思っているうちに、自然と付き合う中でそうなっていくんです。
人徳が変わってくると何が変わってくるかというと、はっきり言って、採用も変わってくるし、教育も変わってくるし、そして色んな味方がついてくるんですね。
その原点が何かと言えば、やっぱり付き合う人が変わると、人を応援している自分がいると思うんですよ。
人を応援していると、なぜか自分も応援される立場になっているんですよね。
それを世の中では”人徳”なんていうのかなぁ、という感じがします。