ホテルの清掃作業は肉体的にきつい重労働
ホテルで目覚め、朝食のため食堂へ移動するかたわら、既に退室した部屋の清掃に従事するメイドさん達を目にしたことはないだろうか?
実は筆者も学生時代に、似たような仕事で、マンスリーマンションの清掃アルバイトの体験がある。
部屋の広さやグレードによっても変わるが、基本的には2〜3つの部屋を2人で2時間以内に片付ける、というのがミッションだった。
誰かが宿泊した部屋をきれいに清掃するのは案外重労働だ。
掃除機をかけるために屈んだり、窓の汚れを取るためにつま先立ちで伸びたり、落とし物を拾うために力を入れて家具を動かさねばならない場合もある。何より毛が一本でも落ちているとクレームが出るので、隅々まで毛が落ちていないかチェックする作業には気が滅入った。
1部屋あたりの予算も決められていたので、一連の動きをテキパキとこなしてミッションをクリアしなければ、タダ働きが待つことになっていたのをよく覚えている。
作業の定義を「運動」に変えるとメイド達は4週間平均で0.8kg痩せた
2007年、アリア・クラムとエレン・ランガーは、ホテルのメイドとその運動習慣に関する研究結果を発表した。※
彼女たちが調査対象としたメイド達は、1日平均15部屋、各部屋を2〜30分で掃除するというノルマを課せられていた。
先述の通り、清掃はとても体力を使う仕事であるにも関わらず、メイド達のうち、これを運動だと考えているのはわずか33%に過ぎなかったという。
確かにメイド達が自分は運動などしていない、と思うのは予想の付く話だ。
なぜなら、私達が思い浮かべる運動とは大抵、
24kgの重りがついたダンベルを使ってワンハンドローを左右10回✕4セットやる
トレッドミルで時速8.5kmの早さで30分以上走る
という類のものだからだ。
しかし、掃除機をかけるために屈んだり、窓の汚れを取るためにつま先立ちで伸びたり、落とし物を拾うために力を入れて家具を動かさねばならない、という動きも同じ運動であることに違いはない。
トレーニングに励むビジネスマンとメイド達を分かつもの、それはシチュエーションだけである。
そこでアリアとエレンは、メイド達をグループ分けし、あるグループにはこれまで通り仕事をしてもらい、別のグループには自分達の動き(運動)がもたらすカロリー消費を正確に伝え、仕事に従事してもらうという実験を行った。
15分間のシーツ交換は40キロカロリー、30分間の掃除機がけは100キロカロリー…といった具合に、後者のグループには自分達の労働をカロリー消費行動と再定義して与えた。
それから4週間が経過し、驚くべき結果が出た。
自分たちの行動がもたらすカロリー消費効果を教えてもらったメイド達は平均で0.8kg痩せたのに対して、それを教えてもらわなかったグループのメイドには全く体重の変化が見られなかったのだ。
既に行っていることに目を向けさせ、その作業を再定義すると変化が起きる
自分の動きがもたらすカロリー消費効果を教えてもらったメイド達の多くは、体重が落ちたうえに体脂肪率も落ちていた。
なぜこのような現象が起きたのか?その答えは簡単である。
アリアとエレンがメイド達に、実はあなたはスーパースター、優れた運動を毎日こなしている人々である、という認識を持たせたからだ。
自分たちの行動が驚くほどカロリー消費効果をもたらすことを知ったメイド達は、その後の動きに少しずつ自ら変化を起こしたのだろう。
あるメイドは、エレベーターではなく階段を使って余分に消費カロリーを増やそうとしたり、違うメイドは普段一回で運ぶときよりも余計に荷物を持って動こうとした、と考えるのは予想に難くない。
既に運動を行っているうえに、自ら負荷をかけることによって、カロリー消費効果が高まるからだ。
マッキンゼーで伝説のコンサルタントとなったトム・ピーターズは、自著トム・ピーターズのサラリーマン大逆襲作戦〈2〉セクシープロジェクトで差をつけろ!で、「全ての仕事はすごいプロジェクトになる」「自分次第でどんなつまらない仕事も凄いプロジェクトになる」と説いた。
ただ、現場で働く人間が、自らその意思を持つことは難しい。多くの場合、彼らにとってのインセンティブは、労働と金銭の交換からスタートするからだ。
アリアとエレンは、作業の定義を再定義し、既に彼らがその作業に取り掛かっていることへの自信を持たせ、行動がもたらす将来の効能を明確に指し示した。
既に行っていることに目を向けさせ、その作業を再定義すると変化が起きるのだ。
※参考 スイッチ! 〔新版〕― 「変われない」を変える方法 著:チップ・ハース&ダン・ハース P169
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