トータルだと値下がりしたはずのタクシー料金。実際に乗ると値下がりしているのに、料金が高くなったと感じている人はいらっしゃいませんか?何度かの検証を重ねると、値下がりしたタクシー料金を高いと感じている場合、過去の経験をもとに「損した」と感じる回数が増えていることがわかりました。心理学でも説明できる現象が乗客に生じていたのです。
値下がりしたはずのタクシー料金が高く感じる
2017年の1月31日に、タクシー業界へ新料金体系が導入されました。
従来の料金体系と新しい料金体系を簡単に比較すると、以下のようになります。
- 初乗り料金:730円/2km ⇒ 410円/1.05km
- 料金加算:90円/280m ⇒ 80円/235.25m
初乗り料金がグンと値下がりし、6.5km以内ならば従来料金よりもオトクと言われているのは、報道により皆さんも知るところでしょう。
ところで読者の皆さんは、運賃改定後のタクシーへ実際に乗られたでしょうか?
乗られた方がいらっしゃったら、料金が高くなったか、安くなったか、どちらに感じましたか?
筆者は値上げ当日から、4回ほどタクシーに乗りましたが、「本当に値下げしたの?むしろ高くなってない?」と感じてしまった人間です。
お金をあまり持っていないことも、多少影響しているかもしれません。(タクシー会社の皆様ご容赦を)
たとえば、「東京都日本橋駅⇒東京都八丁堀駅」区間でタクシーを走らせた際、短いいつものルートを辿ってもらったところ、以前は730円だったのに対して新料金体系だと670円で済みました。
客観的に見れば「安くなったじゃん」というこの時も、筆者は得をした気分になれませんでした。
ニュースを見ても、私と同じように「料金が高くなった」と感じる人は沢山いるようです。
メーターの回る回数が以前より格段に増えた
なぜ、以前よりも安く、同じ区間を走ってもらったのに、乗った側の自分は損した気分となったのか?
よくよく考えてみると、自分がある変化に着目していることに気が付きました。
それは、メーターの回る回数の変化です。
以前なら、日本橋から八丁堀へタクシーを走らせても、メーターは一度も回らずにお金の支払が可能でした。
それに対して、新料金体系のタクシーでは、410円からメーターが3度回り670円になり、その金額を支払う形となります。
この現象をお金勘定で表すと、
- 旧来⇒初乗り料金730円:値上げの額:0円:値上げの回数0回
- 現行⇒初乗り料金410円:値上げの額:260円:値上げの回数3回
あくまで、メーターをちら見する筆者のような貧乏人の感覚かもしれませんが、始めの料金から260円値上がりし、しかも3回も値上げされています。
なるほど、値上げの回数が自分の心理に大きな影響を与えているのだと、客観的にもわかったのです。
これは面白いと感じ、今度は「東京都日本橋駅⇒東京都新橋駅」へとタクシーを走らせました。
ここも寝坊助な筆者が、打ち合わせに間に合わねばと、ヘヴィにタクシーを使う区間でして、以前だと1,900円ほどでした。
この区間を新料金体系で走ったところ、料金はなんと1,770円で済みました。これも値下げです。
にも関わらず、この時は更に高く感じました。
- 旧来⇒初乗り料金730円:値上げの額:1,170円:値上げの回数13回
- 現行⇒初乗り料金410円:値上げの額:1,360円:値上げの回数17回
メーターが上がる度に、「このメーターおかしくないか?さっきより加速して回っている気がするぞ」と、心臓はもうバックンバックンです。
なにせ、最初の料金から17回も値上げが行われたからです。
メーターが回る⇒何回も値上げ⇒損したと感じる:わがままな人間の心理
以前よりもトータルのタクシー料金は安いのに、タクシー料金が高くなったと感じる人の心理、実はこれ「人間が損失による苦痛を嫌がる性質」を持っているから起こることなのです。
しかも人間は自分にとって非常に好都合な捉え方をするところがあり、得だったことは印象に残らないが、損だったことは強く印象に残るように、脳を働かせます。
タクシーの事例で言えば、
- 初乗り料金の値下げ⇒得なこと
- 料金メーターの回る回数が増えること⇒損なこと
と言えるでしょう。
初乗り料金で値下げしてもらい「得した」ことを忘れ、値上げの回数が多くなったことで「損した」と強く感じる、実にわがままな心理作用が起きていたのです。
更にもう1つ、筆者がタクシー料金が高くなったと感じたのは、過去に同じ区間でタクシーに乗った経験があり、その区間内でメーターがどのような回り方をしていたかを知っていたからです。
従って、タクシー料金が高くなったと感じている人は、従前のメーターの回り方を知っている人が多いのでは?と筆者は推測しています。
逆に、これまでタクシーに乗る機会が少なかった人ほど、「タクシー料金が値下がりした」というニュースを聞いて、それを素直に受け止められることでしょう。
人は損することを極端に嫌がる「プロスペクト理論」
このように、人間はある商品の価格について判断する時、損することを嫌がり、なおかつ極めて主観的な経験や知識のもとで、勝手に商品が高いか安いかを決めます。
この極めて主観的にはじき出される価格は、「内的参照価格」と呼ばれ、これに基づいて人間が判断を下し行動することを、ノーベル賞を受賞した心理学者のダニエル・カーネマンは「プロスペクト理論」として発表しています。
ある八百屋で198円/PKで特定のミニトマトが買えることを知っている人にとって、高級スーパーで同じミニトマトが298円で販売しているのを見ると、高級スーパーでミニトマトを買うことは、その人にとって損を生み出します。
従って、この人は高級スーパーでミニトマトを買いません。
対して、八百屋で198円/PKでミニトマトが売っているのを知らない人にとって、高級スーパーでミニトマトを買うことは損となりません。
従って、その人が高級スーパーでミニトマトを買う確率は高くなります。
人間は極めてわがままで、主観的、過去の経験をもとに判断する生き物であるゆえに、企業は少しずつ商品やサービスを変化させながら、従来の常識(価格)を打ち消していく必要があるのだと、タクシー値下げの一件から感じた次第です