世界遺産富岡製糸場 エコ視点で問題解決

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 富岡製糸場は官製工場として1872年に群馬県富岡市で設営された。(2014年6月世界遺産登録)設営時の大きな問題点は「作業を効率化するため光で作業場をどう照らすか」だった。電気もない時代に富岡製糸場が繰糸場に凝らした「光を集める」エコなブレイクスルーは現代の私達に大きな教訓を与える。

世界遺産富岡製糸場 大きな問題は光だった

 富岡製糸場は明治維新政策の一つである殖産興業を推進するため、1872年(明治5年)群馬県に設営された。※1
 
 養蚕に関する革新的な技術を集約していたこと、歴史的な建築物群が良好に保存されていることが世界的に評価され、2014年6月にはユネスコ世界遺産として認定されている。
 
 製糸場は当時世界最大規模で、運営コストも莫大だった。安定した作業を行わなければ赤字が膨らむ。
 
 大きな問題の一つは光だった。
 
 なぜなら富岡製糸場が設営された当時、日本には電気がなかったからだ。(日本にはじめて電灯が設営されるのは1882年)
 
 巨大な施設で女工が細かい作業を行う際に手元が見えにくいと、些細なミスが起きやすくなる。ロウソクに頼れば火事のリスクも高い。
 
 繰糸場を安定した光で照らし確かな作業を行う環境を作るため、一人のフランス人が立ち上がった。

電気がないなら光を集めろ 究極のエコ製糸場

 製糸場の設計を担当したフランス人エドモン・オーギュスト・バスチャンは、光の問題を解決するため「トラスト構造」という建築方法を採用した。※1 
  
 トラスト構造は
 1)天井を高くし大きな採光窓ガラスを設置可能にする
 2)室内に柱を作らず光が隅々に行き渡るようにする
 という2つの特徴を備えた当時の日本建築にはない画期的な建築方法だった。
 
 更にバスチャンは壁や木枠を白く塗り、室内で太陽光が反射しやすい工夫も凝らした。
 
 バスチャンの採用したトラスト構造は電球が発明された後も繰糸場の電気コスト削減に繋がった。日本に電気が一般家庭まで普及したのは戦後のこと※2であり、現在に比べて電気料金も割高だったからだ。自然の光を十分に活用できる設計構造が生きたのだ。
 
 初期設計が非常に優れたものであったため、機械は変遷しても製糸場自体の設計構造には変化なく、実に1987年まで富岡製糸場は稼働することになる。

世界遺産から学ぶ 知恵でコスト削減

 
 富岡製糸場は、既存の材料や仕組みをエコな視点で活用すれば、革新的な問題解決やコスト削減が可能な場合があることを教えてくれる。
 
 設営後100年間操業し続けた偉大な製糸場から学ぶ教訓は大きい。
 

※1富岡製糸場概要
http://www.tomioka-silk.jp/hp../index.html
※2家庭の電気Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B6%E5%BA%AD%E3%81%AE%E9%9B%BB%E5%8C%96
 
画像提供:富岡市・富岡製糸場

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