懲戒解雇(ちょうかいかいこ)とは、事業主が従業員の責めに帰すべき理由で解雇される処分で、よっぽど従業員に悪質な行為がなければ下されることがありません。もし従業員が懲戒解雇となった時、経営者は退職金を支払いたくないと考えるかもしれませんが、退職金の不支給を実施することは非常に難しいと言われています。なぜでしょうか?退職金の有する3つの性質から解説します。
懲戒解雇の社員に退職金を支払わないのは困難
懲戒解雇(ちょうかいかいこ)とは、事業主が従業員の責めに帰すべき理由で解雇される処分のことを言います。
直近だと、NHKのアナウンサーが危険ドラッグを精製・所持していたことが発覚し懲戒解雇になったり、元JR助役が3,600万円を詐取して懲戒解雇となったりしましたね。
このように懲戒解雇されるということは、その従業員がよほどの不祥事を起こした場合に行われるものであるため、経営者としては退職金を支払いたくないと思われることでしょう。
ところが退職金を支払わないということは、たとえ従業員が悪いことをしたとて、そう簡単にできるものではないのです。
退職金の性質から解説していきたいと思います。
退職金の存在意義を認める3つの性質とは?
まず最初に、退職金の持つ3つの性質を見てみましょう。
- 1)賃金の後払い
- 2)老後の生活保障
- 3)長年の勤続や在職中の企業への貢献等に対する報償
と言われています。
1)は、昭和20年代に急激なインフレで実質賃金が低下したため、その低下分を退職金で支給する、という考え方に基づいたものです。
2)は、文字通り、従業員に老後の生活について安定、保障を与えるために、退職金の存在意義があるという考え方です。
3)の「長年の勤続や在職中の企業への貢献等に対する報償」は、退職金は、企業から従業員への恩賞的に要素が強いものであるという考え方です。
これらの性質を元に、「懲戒解雇」と退職金の関係を見ていきたいと思います。
懲戒解雇でも退職金の支払義務は生じてしまう
まず最初に、退職金の「賃金の後払い」という性質を前提に考えると、本来払うべき賃金を後になって退職金で支払うことになりますので、労働者が起こした懲戒事由とは関係が無いこととなります。
退職金でなく賃金で考えるとわかりやすいかもしれません。
労働者が、刑事事件等を起こして懲戒解雇になっても、それまで労働した分の賃金債権が消滅することはありません。
使用者は、たとえ懲戒解雇した労働者であっても、既往の労働のついて賃金の支払いを免れることはありません。
ですから、退職金を「賃金の後払い」とすると、たとえ、懲戒解雇された労働者であっても、退職金の不支給ということは成り立たなくなります。
では、退職金を2)の「老後の生活保障」という考え方で見た場合は、懲戒解雇された従業員と退職金の関係でどうなるでしょう?
退職金について「老後の生活保障」という性質に則って判断すると、どのような労働者であっても老後の生活はあります。
当然ですが、懲戒解雇された労働者も老後の生活が無くなることはありません。
従って、退職金が持つ性質を「老後の生活保障」と考えた場合、懲戒解雇された労働者に退職金を支払わないということも成り立たなくなってしまいます。
このように懲戒解雇時の退職金の支給・不支給を考えた場合に、退職金の性質を上記1)賃金の後払い、2)老後の生活保障、という性質から見ると、たとえ、懲戒解雇した労働者であっても、退職金を不支給には出来なくなるのです。
実績や貢献を打ち消す理由なら支払いに制限
次に3)の「長年の勤続や在職中の企業への貢献等に対する報償」について考えてみたいと思います。
退職金を「長年の勤続や在職中の企業への貢献等に対する報償」と考えた場合、退職金は、いわば恩恵的な意味合いで支給されることとなります。
この場合、退職する労働者の勤務年数や実績等を評価することとなります。
これは勤務期間中の評価であるわけですから、懲戒解雇事由も当然に加味されることとなり、懲戒解雇された労働者であっても、ある程度の勤務年数や会社に対する貢献が存在します。
そこで、勤務実績や貢献度と懲戒解雇事由とを比較した場合に、懲戒解雇事由が、勤務実績や貢献度を打ち消すほどのものであれば、「退職金の支給は無い」という考えを成り立たせることが可能になります。
懲戒解雇事由が、勤務実績や貢献度のすべてを打ち消す程のものではない場合には、退職金の減額はありえますが、不支給とはならないこととなります。
退職金支払制限に明確な法はなく現実は厳しい
このように懲戒解雇した労働者の退職金を不支給にできる場合は、
- 「長年の勤続や在職中の企業への貢献等に対する報償」として支給する場合であって、懲戒解雇事由が、これまで勤務実績や貢献度を打ち消すほどのものである
場合に限られこととなります。
これまで長々と理論的なことばかりを書いてきましたが、退職金がどのような性質を持つのか、実は法律に明確な定めはありません。
使用者及び従業員がそれぞれ、退職金の持つ性質をどのように受け止めるかは各自の自由です。
実際に、争議になっても、退職金の性質をどのようにとらえるのかは、それぞれの会社の事情も違うわけですから、ケース毎の係争において判断されることとなります。
ただし、ここで正しく認識していただきたいのは、退職金を不支給にできるのは、事業主の方が想像している以上にハードルが高いのです。
殆どのケースにおいて不支給とすることはできず、従業員の要請があれば退職金は支払わなければならないというのが、経営者にとって厳しい現実です。