社員の過労死を発端として「ブラック企業」の烙印を押されたワタミ。2008年から始まった外食事業の業績悪化に対して、軌道修正の意思決定を行うまでになぜ7年もかかってしまったのでしょうか?その答えは、イノベーションのジレンマという、巨大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した企業経営の理論に求めることが可能です。イノベーションのジレンマを避ける方法とは?当記事で解説いたします。
ワタミは業績回復も根本的な問題解決程遠い
社員の過労死を発端として「ブラック企業」の烙印を押されたワタミ。
純損益ベースで、14年に約50億、15年には約130億円の巨額赤字を出し、企業の存亡危機が訪れていると評される外食の巨艦は、16年3月期にようやく130億円の黒字転換を果たすと見込まれています。
ただし16年の黒字は介護事業を損保ジャパンに売却したことで、約210億円の売却益を得たことが主な理由です。
これに加えて、今までこだわってきた「和民」の看板を30%の店舗から外し、インバウンド、商品、地産地消にこだわった特化型店舗の開発で起死回生を図ろうとしています。
しかし、そう単純に起死回生と行かないのがビジネスの難しいところです。
ワタミが12月11日に発表した2015年11月の外食事業・月次報告によると、全店売上高は22.8%減、客数19.9%減、客単価3.6%減と、本業は全く回復の兆しを見せていません。
足かせとなったイノベーションのジレンマ
2008年から始まった外食事業の業績悪化に対して、ワタミが思い切った軌道修正の意思決定を行うまで7年もかかった理由はどこにあるのでしょうか?
その答えは1つの理論から見出すことができます。
イノベーションのジレンマ (The Innovator’s Dilemma)という理論です。
イノベーションのジレンマとは、巨大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した企業経営の理論であり、ハーバード・ビジネス・スクール教授のクレイトン・クリステンセンが、1997年に初めて提唱しました。
大企業は既存の事業が成功し、優良顧客を抱えている場合に、新興の事業や技術を過小評価するだけでなく、既存の事業をカニバリズム(共喰い)することによって破壊する危険があるため、新興市場への参入が遅れる傾向にあります。
優れた特色を持つ商品を持っていたり、その特色を改良する事のみに目を奪われ、顧客の別の需要に目が届かず、結果として新たな魅力を持った商品を提供する新興企業に大きく遅れを取ってしまいます。
イノベーションのジレンマ・代表事例は、以下のとおりです。
- ・カメラのデジタル化によるフィルム市場の縮小
- ・インターネットの対等によるTV広告市場の縮小
- ・石油エネルギーへの転換に伴う炭鉱業市場の縮小
例えば、縮小する外食産業(居酒屋)の中でも、鳥貴族はワタミとは全く真逆の戦略、エリア・業態・食材を搾ることで、高品質・低価格という通常では達成しにくい2つの顧客サービスを実現しました。
これは将来縮小することが確実な居酒屋産業において、専門店化、特化型店舗運営、という流れを先読みした破壊的イノベーションでした。
イノベーションの初期では、大企業(ワタミ)にとって新たな市場は、市場規模が小さく、参入の価値がないように見えていたはずです。
ところが他社の破壊的イノベーションの価値が市場で広く認められた時には、かつてワタミが提供してきた優良製品の価値(豊富なメニュー・他社と横並びの単価設定)は毀損してしまい、自社の地位はあっという間に失われてしまいました。
実際に渡邉美樹・元社長や清水邦晃・元社長は、ワタミが上手く行っているだけに、新しいことに手を付けられなかった様子を、ありありとインタビューで独白しています。
イノベーションのジレンマ・原因は殆ど経営者
ワタミの事例は私たちにとって対岸の火事ではありません。なぜなら私達は、大手でなくてもイノベーションのジレンマに陥りがちだからです。
現在、得意分野としている事業がある場合、私達はその事業をどのように伸ばすか?維持するか?ということに徹してしまいがちです。現状で利益が出ているならば尚更そうなってしまいます。
そして多くの場合、イノベーションのジレンマが起きるのは、今までの経験を元に経営者が守りの姿勢で行う、間違った判断が発端となります。
イノベーションのジレンマに陥ることを防ぐためには、以下の対策が必要となります。
- ・経営者が現場視点を常に持ち、自らの積み上げた実績を捨てる覚悟を持つ
- ・経営者の判断に対して「違うと思えばNO」を申すことが賞賛される組織を作る
- ・新しい技術を取り入れる進取の精神を組織全体に行き渡らせること
同業他社が嫌がるくらいの素晴らしいサービスを消費者に提供し続けるために、過去の成功体験と安定をいつでも捨て去る勇気を私達は持たねばなりません。