ソフトバンクグループによる、3.2兆円にも及ぶイギリスの半導体大手ARM買収観測が、大きなニュースとなっています。ところがARMの売上高は年換算したとしても約1,600億円程度です。孫正義氏が大勝負を仕掛ける狙いは一体どこにあるのか?CPUとIoTという2つのキーワードを元に、誰よりもわかりやすく解説いたします。
ソフトバンク3兆円で英ARM社買収意向の報道
「ソフトバンクグループがイギリスのARM社を買収する」というニュースが世間を賑わせています。
何よりも驚きなのは、その3.2兆円という買収額です。
ARMの2016年第1四半期の売上高が$398m(398億円)、単純に年換算したとしても約1600億円にしかなりません。
売上マルチプルで、20倍もの高い買い物をしたということになり、ソフトバンクHDの株価は買収発表後から暴落しています。
「ARM買収によって何をしたいのか不明」
「既存事業とのシナジー効果はあるのか」
この買収劇を疑問視する声が多数ある中で、孫正義氏は、買収発表の記者会見の中で、はっきりと「IoT」というキーワードを口にしました。
とはいえ、本人も「私は常に7手先まで読んでいる。ほとんどの人にはわからない」というように、今回の買収劇が如何に大きな一手かを、本質的に理解するのは非常に難しいことです。
そこで本稿では、
1)昨年ぐらいからバズワードになりつつある「IoT」というキーワードが、ソフトバンクのARM買収と、どう関係していくのか?
2)ARMとはどういう会社なのか?
3)ソフトバンクの狙いはどこにあるのか?
この辺りの疑問を噛み砕いて、わかりやすく解説したいと思います。
ソフトバンクのARM買収背景を知る前に理解したい昨今のCPU事情
パソコンやスマホには、CPU(コンピュータの制御や演算や情報転送をつかさどる中央処理装置)が必ず組み込まれています。
このCPUは現在大きく分けてx86/64系(いわゆるインテル系)とARM系の2系統が流通しています。
インテル系はみなさんもご存知の通り、多くのパソコンやサーバーに組み込まれていて、大量の同時並行処理や画像処理を得意とする一方で、消費電力が大きいという欠点があります。
一方のARM系は処理速度はそこまで速くはないですが、なによりも消費電力が少なくてすむという利点があります。
パソコンでのシェアはインテル系が圧倒的で、主要なパソコンは、ほぼインテル系のCPUを使っていると言っていいでしょう。
反対に、スマホなどでのシェアは、ARM系が実に8割のシェアを持っていると言われています。
CPUといえばインテルが長い間王者として君臨していましたが、スマホの普及によってARM系のCPUの流通量も増え、市場シェアはインテル系もARM系もほぼ同じぐらいだと言われています。
IoTが急速に普及する時代に必要とされるCPU
そして、昨年辺りから盛り上がりを見せる「IoT(Internet of Things)」が大きく普及する際のポイントが、消費電力が少なくても、きちんと稼働するCPUと言われています。
私たちの周りにあるすべての家電がインターネットに繋がる、という未来の実現には、まだいくつもの障壁があるとは思います。
しかし、これは夢物語ではなく、理論的にはもう十分に実現可能な話になってきています。
そこでもっとも期待されていることが、ARM系のCPUがIoT特化した進化を遂げることなのです。
もちろん、インテルでもARMでもない第三の勢力が、この分野を支配する可能性もゼロではないですが、その製造能力や研究開発力を考えれば、IoTの分野においても有力なプレイヤーはこの2社であり、求められるスペックを一番早く実現できると思われているのが、ARM社なのです。
つまり、ソフトバンクグループは、というよりも孫正義氏は、このIoTが普及する未来において、CPUの覇権を握るために今回ARM社を買収したのです。
彼は、ソフトバンクグループ内でのシナジー効果や、ソフトバンクのための独占CPU開発などという、目先のことなど一切考えていないでしょう。
PC、スマホの次の主戦場であるIoTにおいて、圧倒的なトップランナーになるべく、今回の買収を仕掛けたのです。
孫正義氏が記者会見に一人で臨んだことが意味するもの
今回の記者会見では、ひとつ意外だったことがあります。
それは、孫正義氏がたった1人で会見に出席していたことです。
この手の買収の記者会見では、買収されたARM社側のトップも同席して記者会見に臨むのが一般的ですが、今回はARM社側の人間が誰もいませんでした。
このことからも、買収後はARMがソフトバンクグループ主導で大きく戦略を転換したり、大きな勝負を仕掛けてくる可能性が十分に考えられます。
ARM社買収というソフトバンクの大きな仕掛けによって、IoTの普及スピードが大きく加速する可能性もあります。
いずれにしても、今回の買収はソフトバンクが企業として判断した買収というよりも、孫正義氏が大きな賭けにでたという見方ができます。
2006年のボーダフォン買収の際もそうでした。
一体誰があのとき、iPhoneの独占販売やホワイトプランによる、ソフトバンクの成功を予想できたでしょうか?
世界有数の相場師である孫正義氏にしか見えていない未来が、今回の買収にもきっとあるのでしょう。
IoTの覇権を握る。
そこへ至る道は困難を極めるでしょうが、ボーダフォン買収によってスマホ業界に殴り込みをかけた孫正義氏が、IoTの分野でどんな大立ち回りをするのか非常に楽しみです。