電通に新入社員として入社した高橋まつりさんが、過労の末に自殺したことに対して、労基署は労災認定を下しました。激務自体の辛さはもちろんのことですが、高橋さんが生前に吐露した言葉からは、自らの意思と関係なく激務に身を投じざるを得ず、徐々に自己コントロール感を奪われたことが理解できます。マネジメント側に立つ人間に、部下へ自己コントロール感を与えることの大切さを教える、決して繰り返してはならない悲しい事件です。
悲痛な電通社員の自殺〜広告業界の激務は事実
こんにちは。ジェネシスコミュニケーションの松尾です。
先日、電通に2015年4月入社の新入社員、高橋まつりさんが過労の末、2015年12月に自殺してしまったことに対し、労基署から「労災」と認定されたという報道がありました。亡くなられた高橋さんには、ご冥福を心からお祈りいたします。
今回は、過労、すなわち「働き過ぎ」に関わる問題について、いくつか私の考えをお伝えしたいと思います。
実は、私は30代前半、電通グループの広告会社(ダイレクトマーケティング専門の会社)に所属しており、電通チームの一員として様々な案件に関わった経験があります。
広告会社は激務であるというイメージがありますが、実際その通りです。
もちろん、所属部署や担当クライアントによって忙しさの度合いは異なりますが、数千万~数億円の受注金額を目指して行われる、競合数社による「プレゼンコンペ」の準備中などは、徹夜が続くことは仕方のないこと。
私自身、深夜2時からの打ち合わせに参加したことがあります。
激務耐性には個人差がある。問題は他者の理解
ただ、徹夜が続くような毎日でも全員がやられてしまうということはありません。当然ながら倒れてしまう人も出てきますが、要するに、どの程度の労働負荷に耐えられるかは個人差があるということです。
その人の体力や、メンタル的な意味でのストレス耐性の違いによって、早い段階で離脱せざるを得なくなる人、一方で、何日も寝なくても結構ケロっとしている人がいるわけです。
大事なことは、人によってどの程度無理できるかどうかは異なる、ということを理解することです。
「自分は二徹三徹できるのに、あいつは一徹で倒れやがった。情けない奴だ」
などと自分基準で批判してはいけません。
残業、休日出勤続きで既に大幅な過重労働になっているわけですから、人によって限界に違いがあることを受け入れ、個々人で対応を変えてあげる必要があります。
したがって、「月当たり残業時間が100時間を超えたくらいで過労死するのは情けない」とSNSに投稿した武蔵野大学教授、長谷川秀夫氏の考えは極めて自己中心主義的であり、「教育者失格」の烙印を押されても当然だと思います。
おそらく高橋さんの報告された残業時間「100時間」にも、実態とのズレがあるでしょう。深夜までの労働、土日出勤も続いていたことを考慮すると、私の経験からも月当たり残業時間は200時間以上ではないかと思われます。
高橋さんが陥っていたであろう「学習性無力感」
さて、高橋さんは身体的・精神的な負荷の大きさから、おそらくウツ状態になっていたと思われます。
私自身、ウツになったことがある友人・知人を相当数知っていますが、重要だなと思うのは、そこまで追い込まれているにも関わらず、本人にはその自覚がほとんどないが多いという点です。
「あなた、ちょっとまずい状態じゃないの、大丈夫?」
と周りから指摘されるまで、自分がウツ状態にあることに気づいていないのです。
人は、辛くて逃げ出したいと感じるほどであっても、実際には逃げ出せない状況が続くと思考停止し、ただ日々に埋没し流されるままになっていきます。
こうした状態を心理学では、「学習性無力感」と呼びます。
この状態が続くと、確実に身体や精神を蝕み、最後は、脳卒中などの病気を発症して入院したり、発作的に自殺するといった悲しい結果になるのです。
ですから、厳しい労働が続く職場では、上司や同僚がお互いに相手のことを気遣い、早めに本人に病院に行くことを勧めるといったことが必要です。
高橋さんの職場ではおそらく、上司を含め全員が過労状態にあることがうかがえ、他人を気遣う余裕がなかったのでしょう。
高橋さんが相当追い詰められているのをわかっていたのかもしれませんが、自分だって大変、とにかく目先の仕事をこなすしかないと放おっておいたのかもしれません。
もし、高橋さんが女子寮での一人暮らしではなく、実家が東京にあり母親と暮らしていたら、娘の緊急事態を心配した母親が無理にでも医者の診察を受けさせることができ、「自殺」という最悪の事態を避けられていたのではないかと思うのです。
人間は自己コントロール感を奪われることに対するストレスにとても弱い
最後に、職場での過労や上司の批判や叱責が、必ずしも人を追い込んでしまうわけではないという点が、様々な調査研究から判明していることをお伝えします。
2013年に実施された「アメリカの職場の状態」(ギャラップ調査)によれば、上司から自分の働きを認めてもらえず無視された場合、仕事に意欲を持てなくなる社員は40%に増加します。
一方、上司から批判されているために意欲を持てなくなっている社員は22%でした。
つまり、たとえ上司から厳しく指導されたり、批判されていたとしても、「認めてくれている」という実感があれば、労働意欲は減退せず、ストレスは高くなりすぎないのです。
高橋さんの場合、あれだけ働いていたにも関わらず、
「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」
などと言われたことに大いに傷ついており、まさに「認めてもらえていない」ことで生きる意欲さえ失われていったことがうかがえます。
もうひとつ、どんなに厳しい状況でもストレスが高くなりすぎない状況があるとしたら、それは、
「自分の毎日はある程度自分でコントロールできる」
という感覚があって、実際にそうできるかどうかというところがポイントです。
私たちが自尊心を守るために一番大切なことは「自己コントロール感」(自分のことは自分で決められる)を持つことであるのは、心理学の研究から実証されています。
他人に支配されるだけの毎日を考えてみてください。
なんのために生きているかわからなくなりますね。何も考えたくなくなりますね。ただ、日々に流されるだけになるのではないでしょうか。
会社という組織に属してしまうと、特に若いうちは自分の裁量権がほとんどなく、「自己コントロール感」を奪われた状態に近くなります。ただ、そこを乗り越えて昇進していくと権限が増え、自分で決められることが増えていく。
ベンチャー企業などでは、上の人ほど365日休みなく働いていて相当な過重労働なのですが、自らベンチャー企業へ身を投じた人が倒れてしまう話はあまり聞きません。
なぜなら多くの場合、彼または彼女が自分の意志でそうしているからです。裁量権が大きいから、ストレスをほとんど感じていないのです。だから長時間労働も耐えられる。
「自分のやりたいことが出来ない環境だと判明し、目論見が外れたならば、すぐに転職すれば良い。」
これも、自己コントロール感を持って仕事に身を投じられる環境にある人の思考回路です。
しかし、若いうちはそうはいきません。高橋さんも自己コントロール感を完全に奪われていた状況であったのは間違いないのです。彼女はおそらくとてもまじめで一生懸命な方だったのでしょう。
ちょっと手を抜く、たとえあとで叱責されるとしても、半日くらいばっくれるくらいのことができると、それは自分の意志でそうしている行動ですから、自己コントロール感を多少なりとも取り戻せたのではないかと思います。
いろいろと書き連ねてきましたが、過重労働を強いられることが多いのは広告業界だけではありません。
労働を起因とする身体的・精神的なストレスの軽減、ウツや自殺防止対策は、複雑化した現代において、企業の最重要課題のひとつだと私は思います。
経営者やマネジメント層にいるなら、「自分で自分のことを決めたい」というのは人の無意識・意識的に極めて強い欲求であり、「自己コントロール感」が奪われるような、強引な説得や拘束にはマネジメント上の効果がないことを、最低でも念頭に置くべきでしょう。
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