経営者は労働契約上の義務として、従業員に対する安全配慮義務を負っており、従業員の心身の健康に配慮し、必要な措置を講じる必要があります。特に最近注目されているのが、社員のメンタル面まで健康状態に配慮することですが、どれくらいの責任を経営者は負わされるのか?最高裁の判例から提示します。
経営者の思う以上に労働者保護の要請は強い
読者の皆様がよくご存知のように、労務管理の世界においては、労働者保護の風潮が非常に強くなっています。
確かに労使関係においては、経営者側が「お金を支払う側」として立場的には強いと言えるので、法律等で労働者を保護する必要性は十分理解できます。
しかし、裁判例を読むと、「そこまで経営者に厳しくする!?」と思わず唸ってしまう判例もあります。
そこで本稿では、労務管理の世界で経営者に求められる労働者保護の要請が如何に強いか、改めてお話したいと思います。
東芝で勃発した「うつ病」を題材とする労使裁判
経営者は労働契約上の義務として、従業員に対する安全配慮義務を負っており、従業員の心身の健康に配慮し、必要な措置を講じる必要があります。
では、どの程度まで会社は、従業員の健康に配慮すべきなのでしょうか?
平成26年に東芝の労使間で起きた、うつ病事件(最一小判例26.3.24労判1094.22)の最高裁判決から、求められるものが想像以上に厳しいものであることを知るのは賢明でしょう。
この事件の概要は、リーダーに昇格した従業員がうつ病を発し、長期休業を余儀なくされたことに端を発します。
その後、会社はうつ病を理由に休職していた従業員を、休職満了により解雇しました。
すると従業員側は、解雇の無効と安全配慮義務違反で会社を訴える裁判を起こしました。
1審、2審とも従業員のうつ病発信を業務上の疾病、つまり労働災害と認めたため、解雇無効と会社側の安全義務違反を認めました。
確かに、うつ病の発生と業務との因果関係は、可能性として十分考えられますし、労災事故の場合だと、休業中は解雇自体が制限されているので、このような判決自体は十分納得できます。
「従業員がうつ病を申告していなくとも会社はうつ病を把握しておくべきだった」との判断が下る
ところが、会社側が納得出来ない部分が一つありました。
この従業員は、うつ病を発生し通院しているにも関わらず、その事実を会社に申告していなかったのです。
そのため、病気の進行を増進させた責任の一部は従業員にもあるということで、第2審では一部の過失について相殺を認め、損害賠償額を減額する判決を出したのです。
確かに会社にとってみれば、従業員が早く病気のことを申告してくれていれば、迅速な対応が出来た、という言い分も十分納得できます。
しかし、最高裁はこの判決を破棄し、過失相殺は認められませんでした。
注目すべき最高裁の判断理由
その理由が、非常に注目すべきものです。
最高裁の判示では、従業員が、会社に申告しなかった通院等の精紳的健康に関する情報は、プライバシーに関する情報であるとされました。
また、昇給等の査定に影響する事項として、職場には知られないようにすることが想定されため、たとえ従業員からの申告が無くても、会社は従業員の労働環境に十分な注意を払う義務があるとされたのです。
つまり、従業員が何も言ってこないからといって、何もしなくては良いのではなく、雇用している側が先回りをして、従業員の安全配慮に必要な措置を講じなければならないというのです。
結局は良好なコミュニケーションを取ることが安全配慮義務を果たす最善の道となる
ここまで会社に安全配慮義務を求めるのか?と思われる方もいらっしゃるでしょうが、今後も同じような事案では、今回例示した判例が踏襲されることが見込まれます。
では健康面に関して義務を遂行するために、社員へ無作為に健康状態を聞いて良いのか?と言えば、それは難しい部分があります。
なぜなら判例にもあるように、健康状態は社員の状況によって、非常にセンシティブでプライベートな情報が含まれる場合があるからです。
ですから、まず、上司と部下のコミュニケーションを良くし、部下に少しでも変調の様子が見られたら、積極的に声がけ等をする必要があります。
定期的に健康に関するアンケートや、ストレスチェックを行う事も重要となってきます。
どのような取組みをすべきかは専門的な分野なので、具体的な内容についてはメンタル面の専門家に相談することをお勧めします。
まずは、従業員に対しての健康等の安全配慮が、多くの経営者が想像している以上に求められていることを、ご理解いただければと思います。