ユニクロとしまむらは、共に日本を代表するカジュアル衣料販売の二大巨頭です。ところがここに来て、ユニクロは減益に陥り、しまむらの業績は着実に伸び始めています。しまむらはなぜ業績を堅実に伸ばしているのでしょうか?STP分析によって、そのユニークな強みをあぶり出してみました。
ユニクロ減益の裏でしまむらの業績は増収増益
先日、Yahoo!ニュースでこんな記事を見かけました。
国内のカジュアル衣料分野で覇を競う、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングとしまむら。2016年4月に発表した両社の決算は、対照的な結果となった。しまむら(16年2月期)は3期ぶりに営業増益となったがファストリ(15年9月―16年2月期)は大幅な減益となり、明暗を分けた。
引用:ニュースイッチ
リンク先から実際の記事を見てもらうと分かりますが、この記事ではユニクロが減益になった理由をあれこれ上げていますが、しまむらがなぜ増益をしたかについては、ほとんど言及されていません。
そこで今回はせっかくなので、しまむらの強さにフォーカスを当ててみたいと思います。
株式会社しまむらは、埼玉県に本社を置く1953年創業の企業です。
ユニクロを展開するファーストリテイリングの前身である、メンズショップ小郡商事が創業したのが1949年ですので、両社ともにわが国おけるカジュアル衣料店の老舗であると言えるでしょう。
ところで、カジュアル衣料の二大巨頭である両社ですが、その戦略は全く異なるものです。
ユニクロの強みはなぜ値上げで崩れ落ちたのか
しまむらの分析にいく前に、まずはユニクロの方から見てみましょう。
ユニクロと言えばみなさんご存知の通りSPA(製造小売業)※、つまり自社で企画・製造した衣料を自ら販売する企業です。
SPAの基本は少品種・多量販売です。大量に同じものを作ることで製造コストを抑え、それを強力な販売力で売り切ることができるかどうかが勝負です。
ユニクロの魅力は、ヒートテックやエアリズム、ブラトップなどに代表される高い機能性をもった商品が、その機能に対して非常に安い価格で提供されていることです。
最近では「ユニばれ」という言葉をほとんど聞かなくなりましたが、今でも全身をユニクロで固めている人を決して”おしゃれ”とは言わないでしょう。
つまり、顧客はユニクロをブランドとして認知しているのではなく、その機能性と価格のバランスが非常に良いために選んでいるのです。
値上げによってそのバランスが崩れれば、顧客がユニクロを選ぶ理由がなくなってしまいます。
値上げを繰り返しても、その販売力がいさかも衰えないルイ・ヴィトンやシャネルなどが真のブランドです。ブランドとはつまり、アイドルに対する愛と同じ感情を消費者に抱かせます。
金銭的な対価で、いささか揺らぐことがないものがブランドです。
対して「値上げをするなら買わない」となってしまうユニクロは、マーケティング的にはブランドと呼ぶには値しません。
ファーストリテイリング社は、ユニクロのブランド力を過大評価していたのでしょう。消費者は皆、自分たちの高品質なユニクロというブランドを愛してくれていると。
確かに、ユニクロの機能性は他社製品と比べて、一段上の品質を持っていることは間違いないです。
そのため彼らも材料や製造費用の値上がり、為替の影響を吸収できなくなってしまったための値上げであれば、顧客は受け入れてくれると思ったはずです。
しかし、実際のところ、値上げは顧客離れに直結してしまいました。ファーストリテイリング社は、価格の選択権を持つブランドを持ってなかったのです。
しまむらは多品種少量販売のセレクトショップ
さて、前置きが長くなりましたが、しまむらについて見ていきましょう。
しまむらはSPAではなく、セレクト型の他品種・少量販売を基本とする企業です。
ユニクロやGAPよりも、ビームスやユナイテッド・アローズに近い業態と言えば、分かりやすいでしょうか。
ただ、ターゲット層がビームスなどとは異なり、「20〜50代の主婦とその子供」であり、都心ではなく郊外をメインに展開しているため、あか抜けない印象になっています。
とはいえ、セレクトショップとしてやっていることには、大きな違いがありません。
セレクトショップのコアは、「何をセレクトするか」、つまり店に何を並べるのかという部分にあり、何をセレクトするかという問題は突き詰めると、”誰”に”何”を売るかという部分に集約されます。
つまり、セレクトショップはマーケティングでいう、「STP」に重点を置いたマーケティング戦略を取らねばなりません。
STP分析ではまず、市場を地理や年代などの軸で細分化を行い(S:セグメンテーション)、その中で自社の顧客となる層を決めます(T:ターゲティング)。
そして、その顧客層に対して自社をどういう立ち位置で認識してもらうのか(P:ポジショニング)を決めていき、自社のコアコンピタンスを明確にします。
次項で詳しく、しまむらのSTP分析をしてみましょう。
しまむらをSTP分析して強みを抽出してみよう
しまむらのセグメンテーション(S)
狙っている市場は、地方や郊外在住の人々で、その中でもファミリー層です。
店舗にはもちろん駐車場があり、買い回りが可能な、ある程度の売場面積が必要です。
立地は幹線道路沿いで、独立店舗もありますが、スーパーがある駅前の商業ビルに入っている場合もあります。
つまり、しまむらは土地がある場所で、徹底的な郊外ファミリー向け戦略を実行しています。
しまむらのターゲット(T)
次に、しまむらのターゲット層はどの層なのでしょうか?
店舗に行ってみると、意外にもキッズ・ベビーのコーナーはほんの一部しかありません。
それよりも、女性向けのラインナップが非常に充実しているのです。
特に、OLとして仕事でも着れる服、主婦が入学式や卒業式で着る服、子供と普段一緒にいるときに着る服、というお母さんをターゲットとしたラインナップが中心に据えられています。
おしゃれに敏感な女子中学生・高校生をターゲットにした服もありますが、彼女たちにしまむらの服を買うことを承認する人、つまり財布の紐を緩める主役は、あくまでも主婦です。
母親から貰うお小遣いの範囲内で、節約しながらおしゃれな服を買おうと思えば、女子中学生・高校生の行き着くところは、しまむらになるからです。
しまむらには決してブランド品はありませんが、きちんと着こなせば、それなりに見えるデザインの商品が並べられています。
「これ、しまむらで買ったんだ!」とアピールする人はいないと思いますが、別にしまむらで買ったからダサい、ということにはならないレベルのものを、しまむらは敢えて並べているのです。
しまむらのポジショニング(P)
そして、普段着だけでなく、部屋着やパジャマ、布団やスリッパまで揃っているのが、しまむらの店舗です。
子供と一緒の買い物は、あちこちにいくのが非常に難しいものです。
子供のものを買って、別の店で日用品を買って、夕食の買い物をして、という日常の中では、お母さん自身の洋服をデパートまで買いに行く時間がありません。
共働き家庭なら、なおさらのことでしょう。
しかし、しまむらにいけば、子供のもの、家のもの、そして自分のもの(ついでに実体験より夫のもの)まで、「お安く」だいたい揃ってしまうのです。このポジショニングは非常にユニークです。
主婦の乙女心をくすぐる、オシャレ(に見える)洋服を取りそろえ、リーズナブルな価格で提供し、ターゲット層が必要とする子供や家族の衣料も置く、というのがしまむらのブレないスタンスなのです。
セレクトショップのコアは「何をセレクトするか」であると書きましたがが、しまむらはありそうでなかった「主婦が自分の服を買いつつ、家族のものも安心して買える」店であり、そのための商品セレクトがしっかりできているのです。
コアターゲットに対する執拗なまでの顧客中心主義を貫くのがしまむら最大の強み
衣料品業界では一時期、SPAやファストファッションという言葉がもてはやされましたが、SPAやファストファッションはコアコンピタンスではなく、ただの手段にすぎません。
全てを自社で企画・製造しなくても、しっかりしたターゲティングと、ターゲットの快適性に沿ったポジショニングを行った上で、仕入れる商品ラインナップをセレクトすることができれば、着実に業績を伸ばすことは可能です。
わが家も子供の服をしまむらでよく買います。
子供はどうせ服を汚しますし、すぐにサイズアウトしてしまいますが、保育施設に持っていく着替えも含めて、ある程度の枚数が必要です。
でも、親のエゴとして「ある程度のオシャレをさせたい」、でも「そんなに高いものも買ってられない」、というニーズに応えてくれるのがしまむらです。
ユニクロとあまり変わらない値段(最近ではユニクロより安い)で、なかなかオシャレに見えるものが置いてありますし、なによりも他品種・少量販売なので、他の子供とかぶることが殆どありません。
更に、値上げをして品質と値段のバランスが崩れたユニクロと比べて、しまむらは品質(デザインも含めて)と値段のバランスを、常に保ち続けています。
これを一言で表すと、しまむらが主婦に抱かせるのは、「お父ちゃんに対する安心感」のようなものです。
お父ちゃんはもう男として見れないし、ときめきもないし、なんならぽっこりお腹も出てきたけれど、毎月給料持って帰ってくれて、子供の世話もしてくれて、期待はしていないけれど、たまにかっこよいところがある。浮気する心配ももうないし。
120点満点ではないけれど、いつも60点くらいの安心できる存在。
ドキドキはしないけれど、お父ちゃんは絶対にいなければならない唯一無二の存在であり、主婦はお父ちゃんに愛を感じます。
そして、しまむらも主婦の愛を裏切らないよう、常に安心感を抱かせるラインナップを、提供し続けます。
この「裏切らない安心感」と「安心感を通じて育む愛」こそ、しまむらの強みであり、ユニクロに真似できないものと言えましょう。
しまむらに執拗なまでの顧客中心主義がなければ、これは実現されません。「お母ちゃんに捨てられたら、俺もう終わり〜っ!だから家族のために俺も頑張るわ!」というお父ちゃんの執念のように。
熱烈なアイドルに対する愛だけがブランドなのではなく、安心感を抱かせてくれるお父ちゃんに対するような親愛の情も、ブランドに成りうることを、しまむらは教えてくれます。
※SPAはGAP社が自らの業態を「speciality store retailer of private label apparel」と定義したことを語源とする言葉だと言われています。直訳すると「独自ブランドに特化した専門店を営む衣料品販売業」となり、この定義が必ずしも製造から販売までも一貫して手がけることを意味しているわけではありませんが、GAPやユニクロの成功がSPAという言葉を広めたことで、一般的には「製造から小売まで一貫して手掛ける業態」を指す言葉として使われています。
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