ココイチ、ゴーゴーカレー、C&C、大阪ならサンマルコ。北海道の十勝地方で圧倒的な人気を誇るカレーチェーンはいずれの大手4社でもありません。地元の小さなカレーチェーン店「インデアンカレー」です。インデアンカレーは「鍋」で自らの戦う市場の定義を変え、当地におけるカレーチェーンとして圧倒的な地位を築きました。どのように?十勝地方出身の筆者が解説します。
北海道十勝地方の胃袋を掴むインデアンカレー
突然ですが、読者の皆さんに質問です。皆さんにとってお気に入りのカレーチェーン店はどこですか?
ココイチ、ゴーゴーカレー、C&C、大阪ならサンマルコでしょうか?
筆者の生まれは、北海道の帯広市というマイナーな地方都市ですが、帯広市を中心とした十勝地方に住む約30万人の方々に「好きなカレー屋は?」と質問をすると、ほぼ100%近くが、上記4社以外の”あるカレーチェーン店”の名前を口にすることでしょう。
その名は「インデアンカレー」です。
インデアンカレーは、12店舗ほどの、北海道・道東地方だけで展開されている小さなカレーチェーン店です。
ところが侮るなかれ、このインデアンカレー、地元に住む人々から熱狂的に愛され続けており、過疎化が進む北海道の地方都市にあっても、昼時は大体どの店舗も満員になります。
連休になれば、札幌や旭川といった都市(中には内地からも)からもファンが集まり、行列が出来るほどの繁盛店です。
インデアンカレーが地元で愛され過ぎているため、大手カレーチェーンは出店しても全く見向きもされず、店舗を一旦引き払った程です。(最近やっと一つ存在するようになったものの、あまり繁盛しているようには見えない)
インデアンカレーが、これほど愛されている理由の一つ目は、「高品質なカレーを手頃な価格で提供してくれること」です。
看板メニューは文字通り「インデアンカレー」と言い、牛肉と複数のカレースパイス、ふんだんな玉ねぎが使われた、深いコクと旨味溢れるカレーなのですが、これが普通盛りでなんと税込421円で食べられます(2016年4月現在)
しかもカレーは、注文が入ってから、1人前ずつスパイスを調合して作られるこだわりです。
道東出身の筆者は、東京でこのレベルのカレーにまだ遭遇していない。(写真はカツカレー税込み658円:ルーに隠れてもカツがフヤケずサクサクなのです。)
思い出しただけで、ヨダレが出そうになります。
しかし、インデアンカレーが十勝地方で圧倒的ナンバー1のカレーチェーン店である理由は、単純に高品質で価格が安いからではありません。
主婦が鍋を持参しカレーを持ち帰る驚きの光景
インデアンカレーが、十勝地方で圧倒的ナンバー1カレーチェーンであるもう一つの理由は、家庭でも気軽に食べられることにあります。
夕方近くになるとインデアンカレーには、働いている主婦を中心としたお持ち帰り客が、”あるものを持って”、お店に来店し始めます。
”あるもの”とは「自宅の鍋」です。
鍋にルーを入れてお持ち帰りは、インデアンカレーの日常風景:インデアンカレーのホームページより
実は、インデアンカレーでは、カレールーとご飯をタッパーに入れた普通のお持ち帰りもできるのですが、鍋を持参すると1人前あたり54円かかる容器代を引いて、ルーを鍋に入れてお持ち帰りできる制度があるのです。
ご飯代も差し引けば、423円だったインデアンカレーのルーは、1人前が税込み313円で持ち帰れます。(2016年4月現在)
スーパーでこだわったレトルトルーを購入しても、この値段で済まないものが多いですよね。
更に、家族4〜5人分のルーを、働く主婦が帰ってから作ろうとしても、材料費と調理する時間、手間を考えると厳しいモノがあります。鍋を持って行って、カレールーだけ買って帰れば、家では白米を炊くだけなので、夕食を用意する効率も良くなります。
しかも子供たちは大体、インデアンカレーが食卓に出ると発狂したように喜びます。お母さんのカレーより断然嬉しいと・・・
お母さんにしても、仕事で疲れて帰宅した後で、手間暇かけて作った夕食にブーブー言われるよりは、よっぽど平穏な時間を過ごせるので、まさにカレーが取り持つ家族の仲と言えましょう。
そのようなわけで、北海道の十勝地方では、家族全員が家でもインデアンカレーを食べる習慣が根付いており、まさに「ゆりかごから墓場まで」この地に住む人々は、カレーを食べる時の選択肢について、インデアンカレー「一択」になっていくのです。
そして、この意図的な店舗側の「鍋でルーを持ち帰えれる」習慣作りこそ、インデアンカレーが十勝地方で他社を寄せ付けず、圧倒的ナンバー1のカレーチェーン店となることに成功した秘訣なのです。
インデアンカレーが鍋で変えたのは市場の定義
「鍋でルーを持ち帰れる」 ルール作りが、なぜインデアンカレーを「カレーと言えばインデアン」と言わしめる、不動の地位へ押し上げたのか?
それは彼らがこのルールによって、自らの戦う市場の定義を変え、ある大きな市場を手にしたからです。
インデアンカレーは鍋ルールを採用することによって、自らの戦う市場を「外食カレー市場」から、「十勝地方に住む家庭の食卓という市場」へと再定義し、広げたのです。
食卓で使うバーモントカレーも、ジャワカレーも、煮こむ時間と手間、費用、なにより品質面で考えれば、インデアンカレーに到底太刀打ちできません。
家庭で幼少期からインデアンカレーを食べることにより、十勝地方の人達には「カレーを食べる=インデアンカレーを食べる」という習慣が、DNAに刻まれるが如く、付きます。
従って十勝の人々は、カレーを外食する際も、多少の浮気(スープカレー)を経て、必ずインデアンカレーに戻ってくるのです。
よほど高品質のカレーを出さなければ、この地方では外食でもインデアンカレーには勝てません。
インデアンカレーのホームページで、彼らは自社をこう表現します。
「帯広で2番目においしい店」(一番おいしいのは妻と母の料理だから)
インデアンのカレーは高級レストランのように特別の日に選ばれるものではないかもしれません。
だけど月に何度も足を運んで下さる常連さんがいたり、晩ごはんにとお鍋を持ってルーを買いに来て下さるお母さん達がたくさんいらっしゃいます。
そんな風に皆さんの生活に溶け込んだ存在であることに、私達は喜びを感じています。おふくろの味とも違うどこか懐かしくてあたたかい「十勝の味」をご賞味下さい。
「帯広で2番目においしい」「おふくろの味とも違うどこか懐かしくてあたたかい」
この曖昧ですが、大手他社には真似できないニュアンスを、「鍋一つ」というコストをかけない手段で実現し、「一地方の食卓」を自らの市場とする戦略は、今後地方の市場で戦う多くの企業にとって、非常に参考となるかもしれません。
自分が今位置する市場が縮小しているように見えても、市場の定義を再定義するだけで、また新たな市場が開けてくる可能性は十分にあります。