個人事業主から法人事業者へ転換すること、いわゆる「法人成り」を実行する際に、気にかけることの1つとして「社会保険の負担が増えること」があります。国民健康保険+国民年金というケースから社会保険+厚生年金では、本当に負担が大きく増えるのでしょうか?社会保険に入ることは、本当にデメリットだらけなのか?税務のプロが例を用いて説明してくださいます。
個人事業主が法人成りする際のメリットとは?
個人で行っている事業を会社組織にすることを、一般的に「法人成り(ほうじんなり)」といいます。
個人事業を法人にする理由としては
- ▼ 事業規模がある程度大きくなってきた
- ▼ 対外的に信用を増やしていきたいから
などなど色々あるかと思いますが、なかでも大きな理由の一つが
- ▼ 節税などの金銭的なメリットがあるから
というコトだと思います。
ある程度の売上や利益を見込めるようになると、法人にした方が様々な優遇を受けることが出来るので、メリットは多くなってきます。
ただし法人成りにはメリットがある一方で、デメリットのようなモノもあります。
それが「社会保険の負担が増えること」です。
「会社にすると社会保険に入らなくちゃいけないから、費用の負担が増えるんじゃないの?」
と言われる方が多いのですが、はたして社会保険への加入はデメリットだけなのでしょうか?
法人は社会保険への加入が義務付けられている
個人事業の場合でも、一定の業種(製造業や小売業など)で従業員が5人以上いる場合には、社会保険への加入は義務となっています。
ただ、会社と比べて個人事業は、比較的規模が小さいところが多いので、社会保険に加入していないところの方が圧倒的に多いです。
そのため、個人事業の方の場合、国民健康保険と国民年金という組み合わせのケースが多いのではないでしょうか。
しかし、会社設立(法人成)をすると、社会保険への加入は強制となります。
法人にとっての社会保険加入は「義務」なのです。
これは、社長1人しかいないようなホントに小さな会社(従業員ゼロ)であっても同じコト。
会社がお給料を支払う以上は社会保険に加入しなければなりませんが、実際には加入しなければならないのに、加入していないところも多いんですよね(-_-;)
2016年現在、日本には240万ほどの会社がありますが、そのうちの約3割にあたる79万の会社が社会保険に未加入なんだそうです。
やっぱり社会保険は「負担が大きい」という意識が強いんでしょう。
ただ、これらの、未加入事業所に対して国も黙っているわけではなく、マイナンバーの普及などにより、今後は未加入事業所の調査も増えてくると思われます。
国民健康保険+国民年金の組み合わせは負担大
社会保険に入ると負担が増えると思われている方も多いのですが、必ずしも負担ばかりが増えるわけではありません。
特に「社長一人がメインの仕事をしていて奥さんがお手伝いをしている」ような会社の場合、社会保険に加入した方が有利になることがあります。
具体的な例として
【社長45歳、奥さん42歳、子供が中学生と小学生の2人】
のような家族構成だったとします。
- 社長の給料は月額30万円
- 奥さんは扶養範囲内の月額8万円
- 家は10年前に購入して固定資産税が年間10万円
という、よくありそうな1人会社を想像してみてください。(建設関係のお仕事などでは良くあるケースかと思います)
このような場合、社会保険に加入しないと「国民健康保険+国民年金」というものに加入することになります。
国民健康保険の計算
国民健康保険は、
- ①所得割・・・収入によって金額が決まる
- ②資産割・・・持っている財産(不動産)によって金額が決まる
- ③均等割・・・世帯の人数によって金額が決まる
の3つによって金額が決定されます。
上記の例で計算すると、小田原市の場合には約48万円ほどの国民健康保険となります。
国民年金は定額で夫婦両方が支払う必要あり
今回のケースの場合、ご主人と奥さんのお二人が国民年金に加入します。
国民年金は「1人当たり月額16,260円×12か月=195,120円」となります。
ご主人と奥さんの2人が払う必要がありますから、二人分で年間390,240円の負担になります。
すると、この家族の場合には年間で負担する国民健康保険と国民年金の合計額は約87万円ということになります。
結構な金額になりますよね!
社会保険加入の方が有利になるという考え方も
それでは、もしこの家族の会社が社会保険に加入した場合はどうなるでしょう。
社会保険料は、「健康保険料+厚生年金保険料」で構成されています。
簡単に言えば「国民健康保険+国民年金」の組み合わせのようなものです。(内容は若干違うのですが、考え方の基本は同じです)
社会保険の場合には「加入者の毎月のお給料」の金額で保険料が決まりますが、この毎月のお給料の金額のことを「標準報酬月額」といいます。
この家族の場合、社長の標準報酬月額は30万円となりますので、毎月の保険料は、
健康保険料 34,680円、厚生年金保険料 53,484円 合計で月額88,164円(協会けんぽの場合)
となり、年間ベースですと1,057,968円になります。
社会保険の場合、会社負担と個人負担が折半になりますので、法律的に本人が負担するのは約52万円ということになります。
ちなみに奥様は社長の扶養家族(「第三号被保険者」といいます)となるので、社会保険の支払いの必要はありません。
どう考えるかによって保険の負担感は変わる
パッと見た感じでは、国保+国民年金よりも社会保険の方が負担が軽く感じます。
上記の例の場合、87万円-52万円なので35万円も社会保険の方が有利に感じるかもしれません。
ただ、よく考えてみると社会保険の会社負担と言うのは社長の個人会社が負担しているわけですから、実質的には社長が負担していることと同じという考え方もできます。
そう考えた場合、社会保険の個人負担+会社負担の合計額約105万円-国保+国民年金の合計額87万=18万円なので、社会保険を選択した方が負担が増えてしまうのです。
ただ、社会保険については支払額だけで比較できるわけではありません。
例えば、国民年金と厚生年金では「実際に年金を受け取る額」にも影響を与えるからです。
上記の例で、社長が45歳から社会保険に加入し、標準報酬月額30万円、65歳まで20年間社会保険に加入すれば、国民年金よりも年間42万円ほど多くの年金がもらえます。
18万円の差額×20年で360万円ですから、360万円÷42万円=約8.5年で元が取れてしまうわけです。
また、社会保険であれば、社長に万が一のことがあった場合に受け取れる、遺族年金や過給年金、障害年金などもあります。
年金制度の中身が違うので一概に比較することができませんが、どちらかと言えば社会保険の方が保障が手厚いのです。
健康保険や年金制度は自分にあった選択をする
このように日本の社会保険制度は、非常にややこしくなっています。
特にここ最近の間で、社会保険の内容は大きく変わりましたし、今後も大きく変わることが予想されています。
健康保険や年金という制度は長期の期間での支払いとなりますから、目先の損得だけでなく、自分の置かれている現状にあった選択をする必要があるのです。
少なくとも法人は社会保険に加入する義務がありますので、法人設立を検討する際は、社会保険の負担も十分に検討する必要があります。
もし、自分の場合にはどちらが良いのかわからない場合には、会社設立の専門家に問い合わせてみましょう!