大阪で有名なかに道楽が、同じ「かに道楽」という商品名でかまぼこを販売している愛知の老舗練り物会社を、商標権侵害で訴えたことが大きく報じられています。老舗練り物会社は、「先使用権」という商標に関わる権利を主張して、かに道楽と争っていますが、先使用権の主張が認められるには、3つの大きな壁が立ちはだかるようです。専門家による考察をお届けいたします。
「かに道楽」の商標巡る訴訟で老舗練り物会社が先使用権を主張
かに道楽の商標侵害事件が話題になっています。
大阪で有名なかに道楽(以下「かに道楽社」)が、愛知の老舗練り物会社を商標権侵害で訴えたとの報道です。
訴えの内容は、老舗練り物会社が「かに道楽」という商品名でかまぼこを販売したことが、かに道楽社の商標権を侵害するとの内容です。
報道によれば、この事件では、老舗練り物会社が「かに道楽社が商標を登録する2年前から、既に『かに道楽』という名前でかまぼこを販売していた」として、先使用権を主張して争っているようです。
そこで本稿は、先使用権とは何かということを分かりやすくお伝えします。
「先使用権」は立ち入ってはならぬ虎の穴
先使用権とは、かに道楽社の商標登録の範囲で商標を使用してたとしても、かに道楽社の出願よりも先に同じ商標を使用していた場合は、商標を使用することが認められるというものです。
先使用権は、商標権侵害事件の訴えられる側に立たされると、「うちは相手よりも先に使っているのだから、侵害にはならないんでしょ?」というように簡単に主張されます。
そう、「先に使っていたから」という部分に、強い既得権があるように見えるからです。
でも、それは虎の穴に誘い込まれる甘い罠なのです。
先使用権は虎の穴。我が国の商標制度において、ここに立ち入らないに越したことはありません。
それはなぜかというと、先使用権には、先に使っていたということのほかに、3つの大きな壁があるからです。
先使用権の壁1.先使用権は否認ではなく抗弁
先使用権は、法律上どういう位置づけなのか。
法律は、分かりやすく説明すると、次の2段構えで構成されています。
「Aという条件を満たすと、商標権の侵害である。ただし、Bという条件を満たせば、商標権の侵害とはならない。」
被告がAの条件を満たさないと主張することを「否認」といいます。
これに対し、被告がBの条件を満たすと主張することを「抗弁」といいます。
先使用権は、Bにあたります。
これはどういうことかというと、Bを主張する前提としてAを既に満たしているということです。
いわば、崖っぷちに追い詰められ、苦しい状況にあるということです。
法律では、前段(「ただし」より前の部分)の規定を「原則」といい、後段(「ただし」より後の部分)の規定を「例外」といいますが、「原則」どおりに商標制度を運用することが文字どおり原則となっています。
従って、「例外」が認められるのは、厳しい数々の条件をクリアしなければならないということです。
先使用権の壁2.相当有名でなければならない
「例外」を主張する者に課される数々の厳しい条件になかの一つに、商標を先に使用し相当有名になっていたことが求められます。
これを細分すると、厳密には2つの壁が現れます。
1つは有名の「時期」であり、もう1つは有名の「程度」です。
1つ目の壁である「時期」はいつかというと、他社の商標登録の出願時になります。昭和の時代に成立した権利であれば、昭和のその時代に有名であったことが求められるということになります。
2つ目の壁である「程度」はどれぐらいかというと、1つの都道府県ではダメで、隣の都道府県を含む幾つかの都道府県にわたって知られていることが求められます。
売上の規模も一つの証明になりますが、過去に先使用権が認められた「「ケンちゃん餃子」では、年間7億円以上の売上があったことが評価の対象となっています。
商品の分野にもよりますが、他社の権利に穴を開ける「例外」が認められるには、これぐらいのボリュームが必要だということです。
先使用権の壁3.時間が立てば立つほど証明が困難になる
もう一つの壁は、有名だったことを誰が証明するのか?というものです。
裁判では、原告が事実を証明することが原則となりますが、先ほどの2段構えの構成において、原告が証明するのは「Aという条件を満たすこと」だけです。
原告がそこを証明できた場合、被告が先使用権を主張するには、「Bという条件を満たすこと」は被告が証明することになります。
つまり、抗弁は被告が証明しなければなりません。
事前に商標登録しておけば先使用権を主張する必要は無い
先使用権が認められるための条件はいくつかあり、そのうち特に厳しいのが有名の時期と程度です。
例えば、昭和の時代にいくつかの都道府県に渡って知られていたことを立証するのは、非常に困難なことです。
会計書類はもとより、当時の書類・資料など残っていないことがほとんどです。
裁判では、仮に出願時に相当有名であったことが事実であっても、それを書類等で証明できなければ認められません。
先使用権は、すなわち、時間が経てば立つほど証明が困難になり、事実上使えなくなる風化する権利だということです。
以上、先使用権には3つの大きな壁があることをお伝えしました。
多くのビジネスは法律による規制を受けますが、自社のビジネスが「例外」を主張しなければならない立場には決して置かないということが重要です。
今回の例でいえば、つまりこういうことです。
「商標登録を取得する。」
ただそれだけでよいのです。
そうすれば、そもそも先使用権を主張する必要がないからです。
商標登録を取得する意味は奥深く、自社が単に商標を使えるという意味にとどまらず、実はこうした訴訟の場面において「例外」を主張する立場に自社を置かないというリスクヘッジの意味が含まれているのです。