先月、故ジョン・レノンさんの名前に類似する「John Lemon」という商標を使ってレモネードを販売していたポーランドの飲料メーカーが、オノ・ヨーコさんの商標権侵害の訴えで、商標の変更を余儀なくされたというニュースが話題となりました。日本でも著名人の名前と似た商標を使うケースをたまに見かけますが、その行為には3つのリスクがあることを踏まえるべきでしょう。
オノ・ヨーコの警告でレモネードの名前が「John Lemon」から「On Lemon」に変更
先月、故ジョン・レノンさんの名前に類似する「John Lemon」という商標を使ってレモネードを販売していたポーランドの飲料メーカーが、オノ・ヨーコさんの商標権侵害の訴えで、商標の変更を余儀なくされたというニュースが話題となりました。
結局、飲料メーカーは商標権侵害による賠償金の発生リスクをおそれ、レモネードの名前を「John Lemon」から「On Lemon」に変更しました。
この会社は欧州でオノ・ヨーコさんより先に商標登録をしていたそうですが、どうして商標を変更しなければならなかったのでしょうか。
ヨーロッパで商標を登録するためには、各国にそれぞれ出願するという方法があるのはもちろんですが、EU加盟国については、各加盟国に権利が発生する欧州連合商標(EUTM)という制度を利用することもできます。欧州連合知的財産庁にEUTMの出願を行えば、各加盟国に出願する必要はありません。
ただし、注意する必要があるのは、EUTMの出願は先行する類似商標の有無については、先行する権利者からの異議申立がなければ審査しないということです。
EUTMでは、出願された商標自体にそもそも登録する適格性があるかどうかだけを審査しますので、すんなり登録になったとしても、潜在的に存在する先行する権利者によって、後から権利が無効にされる場合があるのです。
日本でも無効審判という制度がありますので、先行する権利者によって登録が無効になる可能性はゼロではありません。しかし、このようなことが起こるのは、特許庁の審査にミスがあった場合だけですので、その確率はかなり低いものとなります。
EUTMによる商標登録の地位は不安定で穴がある
さらに、EUTMで気を付けなければならないのは、登録後も安心して放っておくと類似商標がどんどん登録されてしまう可能性があるということです。
日本の場合、いったん商標登録を受ければ、後から出願された類似商標は審査で登録を拒絶されるのですが、EUTMの場合は、類似する商標が出願されていないか、権利者自身が注意していなければなりません。
このように、EUTMの登録の地位には不安定なところがあることに加え、この会社の場合、使用の仕方に問題があり、商標と共にジョン・レノンさんを連想させる言葉や、デザインを表示していたため、不正使用による商標登録の取消や、商標権以外の権利侵害の可能性もあり、商標変更という安全策をとったのではないかと思われます。
今回のケースは欧州特有の事情があったためこのような結論になったといえますが、国毎に様々な制度上の相違がありますので、海外での商標の使用においては、トラブルを事前に回避するために、商標の採用について検討を開始した段階で、専門家のアドバイスを受けることが、費用対効果の点でも結局は有効であると考えます。
日本で著名人の名前と似た商標を使用すると発生する3つのリスク
さて、日本ではこのように著名人の名前と似た商標を使用した場合、商標権侵害で訴えられるのでしょうか。
今回のようなニュースを聞くと、著名人の名前の類似商標を使用すると直ちに商標権侵害になるような印象を受けますが、当然そんなことはありません。
商標権侵害を主張するには商標登録がなければならないし、権利侵害になるのは、その登録の権利範囲となる指定商品や役務と類似関係のあるものにその商標が使用された場合に限られます。
著名人が、自分と直接関係のない商品や役務に、自分の名前を商標登録していることは逆に珍しいと思いますので、商標権侵害で訴えられるのはレアなケースでしょう(たまたま商標登録があっても、3年以上使用していなければ登録の取消審判を起こして対抗することができます。)。
では、商標登録がない場合どうなるかというと、まず、不正競争防止法等を踏まえ、以下3つの理由により訴えを受けることが考えられます。
1)周知表示混同惹起行為
不正競争防止法の第2条第1項では、需要者の間で広く認識されている他人の営業等表示(氏名が含まれます)と同一または類似の表示を使用して、その他人の商品・営業と混同を生じさせる行為が、周知表示混同惹起行為として訴えられる可能性があります。
2)著名表示冒用行為
また、不正競争防止法の第2条第2項では、他人の著名(1項の場合よりも著名度が高く全国的に有名であることが必要)な営業等表示を自分の表示として使用する行為(著名表示冒用行為 実際に混同が起きたかは問わない)が不正競争行為であると規定しています。
3)パブリシティ権の侵害
その次に考えられるのは、「パブリシティ権」と呼ばれる権利に基づく請求です。
東京高裁の「キング・クリムゾン事件」では「パブリシティ権」を「著名人がその氏名、肖像、その他の顧客吸引力のある個人識別情報の有する経済的利益ないし価値(パブリシティ価値)を排他的に支配する権利」と定義しています。
「パブリシティ権」については明文の法律はありませんが、判例において「パブリシティ権」の侵害による損害賠償、行為の差止が認められた事例があります。
使用する商標はきちんと登録を!パクリ商標はくれぐれも避けるべし。
上記を踏まえ、日本において、著名人から以上のような権利を主張されないようにするにはどうしたらよいでしょうか。
そのような紛らわしい商標を採用すべきでないことは当然ですが、いずれにしても、きちんと使用する商標を登録することが重要であると考えます。
商標登録を受けた場合、商標権者にはその商標を指定商品ないし役務について独占的に使用する権利が発生しますので、安心して商標を使用することができます。
なお、オノ・ヨーコさんは、日本でもかなり広範囲な商品に「JOHN LENNON\ジョン レノン」を商標登録されています。日本でもジョン・レノンさんのパクリ商標を使用することはやめた方がよいでしょう。
Photo credit: badgreeb RECORDS – art -photos via Visual hunt / CC BY-SA