経営者であれば、自社で働くスタッフたちの給料を少しでも多くしたいと願うのは当然のことだ。しかし社員のモチベーションアップのため、人事考課の成績と基本給の査定とを直接結びつけて、逆に社員の心が離れている例が多くの企業で散見されている。人事考課の真の役割と人事考課を設計する際に重要な5つのポイントを提示したい。
人事考課でモチベーションダウンとなった実例
経営者やマネジメント層であれば、自社で働くスタッフたちの給料を少しでも多くしたいと願うのは当然のことだろう。
現実に、社員のモチベーションアップのため、人事考課の成績と基本給の査定とを直接結びつけているケースがある。
だが、人事考課の結果、モチベーションのアップどころか、ダウンにしかならなかった例をいくつも見てきたのでまずはご紹介しよう。
1. 公平かつ客観的な制度を設計する難しさ
人事考課の目標は、会社と組織の目標に沿って個人ごとに立てるのが一般的だ。
しかし実際問題として製造部門や間接部門のスタッフ全員が、数値化できる定量的な成果を決めることは難しい。
「作業時間を◯時間削減」「物品のコストを◯%カット」、ややもすると「営業の提案に同行して売上に貢献する」なんて目標も出てくる。スタッフにしてみれば苦肉の策なのだ。
その結果、どうしても売上や粗利など、数値目標を立てやすい営業部門ばかりが評価されることがある。
会社は、不公平にならないための策として、定量的な目標に加えて定性目標も評価の対象に定めるのだが、かえって客観的な評価、判断は難しくなる。
さらに、社員によっては難易度を高くしてチャレンジする人もいる一方で、基本給を上げるためにわざと目標を低くする人もおり、ますます社員どうしの不公平感、評価される組織と評価されない組織の差は広がり、「会社全体の士気はいまひとつ」の状態に陥る。
2. 個人の成績が必ずしも業績と連動するわけではない
こちらの問題は大きい。
もし仮に、個人が売上目標(粗利目標)を達成したとしても、さまざまな外部要因によって、原価や間接費などが高くなれば当然ながら経営を圧迫する。
だが、社員に対して人事考課の成績次第で基本給を上げる約束をしていれば、成績優秀者の給料はアップせざるを得ない。
その結果、ほかの社員の不公平感は広がり、社内のムードは悪化する。”評価されなかった人材”は流出し、会社に残るのは、給料の高い”評価される人”か、または”居座り続ける人”になり、人件費は膨らむ。
そのうち、若手人材を中心とした雇用に切り替えるものの、教育はままならず、何よりもそのような人事考課制度の会社に定着することはない。
お決まりの悪循環パターンである。
実際、「頑張って目標を達成したのに給料が上がらない」と涙ながらに訴えてきた女性営業担当者もいた。
会社の業績はいい時も、そして、悪い時もあり得るのだ。
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これらの実例からわかること、それは「基本給のアップは、モチベーションコントロールの一要素にしかすぎない。」ということだ。
「上司と部下」「経営者と管理職」さらには「組織と組織」のマネジメント体制が、持続可能な状態で確立していることがモチベーションコントロールの屋台骨であるにもかかわらず、”給料アップ”という夢物語だけが無邪気に一人歩きしてくれることなど決してないのだ。
会社への貢献度は、定量的なもの、定性的なもの、組織間、個人間があり、公平かつ客観的に測ることはほぼ不可能に近い、という現実を踏まえたうえで、人事考課制度は考えねばならない。
人事考課ってそもそも何を目的に行うもの?
では、人事考課はそもそも何を目的として行われるのだろうか? 主な役割は2つである。
1. 会社の経営状態によってマネジメントで解決する余白の部分
給与改定(財務)とモチベーションコントロール(マネジメント)を同一レベルで考えた人事考課制度はいつか破綻する。社員の給料は、会社の業績を基準に人事考課成績を「考慮」して決定するもの。
人事考課が給与査定の際に使う情報の一部であれば、万が一、個人の成績が良いにも関わらず、会社の業績が悪かったとしても、”給料アップ”の約束はしていない。
反対に業績が好調な場合は、賞与として支給すればよいのだ。それよりも現在のマネジメント体制の構造的な問題を観察すべきである。
また、管理職(法的な意味合いでの)によるマネジメントの義務を放棄させないためにも、役職が上になればなるほどハイリスク・ハイリターン型の目標設定とし、その代わりに、まだ月給が低く育成の必要もある若手は、できるだけ安定的な収入が得られるような仕組みにした方がよいであろう。
2. トラブルへの発展を想定したリスク管理
実はこれこそが人事考課のいちばん重要なポイントであり、経営者こそよく考えておくべきだ。
もしも、会社に居座るだけで、何ら仕事をせず業績も向上させる意欲のない社員がいたとしたら、すぐにでも辞めていただきたいのが本音だろう。
その際「仕事をせずに成果を出そうとしない」という客観的な事実を示す証拠になり得るものが人事考課なのだ。もちろん、人事効果制度の導入を機に、成果を出してくれれば何も文句はないはずだ。
だが、本人の退職を促すために、意図的に高い目標を、なかば強制的に設定させ、退職に追い込むようなことだけはあってはならない。
争いに発展した場合、相手がその事実を示せば不利になるどころか、ハラスメントで訴えられることも覚悟しておかねばならなくなる。
また、「欠勤や遅刻」「指示や命令に従わない」など、勤務態様も評価の重要なポイントになるため、ぜひ人事考課の項目に入れておくべきだろう。
人事考課はモチベーション維持ツールではない
人事考課とは、つまり「会社と従業員」という雇用の関係において、互いに具体的な仕事を示し合うツールである。
モチベーションコントロールはマネジメントで成り立っており、マネジンメントにはリスク管理が必要なのだ。
したがって、”モチベーションコントロール”を目的とした人事考課の設計は避けたほうが賢明であろう。
なお、実務にあたっては、人事考課制度について定めた単体の規定だけを整備すればいいわけではない。その他、就業規則や賞与規定、賃金規定、役割等級や組織機構について定めた規定とセットで十分に検討する必要がある。
最後に、人事考課制度を設計する際の5つポイントである。
- 1) 人事考課制度には、会社を守るリスク管理策の一面がある
- 2) 給料アップを目的にした人事考課制度は、社内の不協和音を生み出しやすく、業績不調時における社員のモチベーションを低下させる
- 3) 社員への利益還元は賞与や福利厚生を使う
- 4) 人事考課の項目は「定量」だけではなく「定性」と必ず「勤務態様(意欲態度)」を入れておく
- 5) 社員の給料額は、担当する職務に関わらず、実際に業務の責任が取れる立場にあるかどうかで決めるもの
もちろん、働く人々にとって最高のモチベーションとは、人生の3分の2の時間をその仕事に費やす価値が見い出せることなのは言うまでもない。