一昔前まで、薬物は外道の人間や一部芸能人や有名人がファッションとしてやる違法行為とみなされていましたが、今では至るところへ薬物汚染が進んでおり、普通の会社員であってもこれに手を出す人間がそこかしこにいます。もし社員が薬物問題で逮捕された場合、会社は影響を受けずには済みません。事前にこれらの問題を遠ざけるために、未然対策を3つご紹介します。
薬物による問題は私達のすぐ側で起こっている
「薬物問題が一般にも深く浸透し始めている」と聞いても、真っ当な世界で仕事をしていると「そんなことあるの〜。関わってしまった人は大変だなぁ。」と、どこか遠い世界の話のような気がしたり、自分には関係無いよそ事と感じることはありませんか?
しかし、現在では薬物問題が芸能界やスポーツ界だけではなく、学生や一般の社会人の間にまで、驚くほど身近な場面へと薬物問題は広がりをみせ始めています。
この数年でも、何人もの芸能人やスポーツ選手が薬物使用で現行犯逮捕されたことがニュースで報じられましたが、彼らの殆どは暴力団などアナーキーな勢力ではなく、ごく普通の一般人を通じて、薬物を手に入れていたことがわかっています。
もしも自社の社員が薬物に手を染めてしまい、逮捕されてしまったら…あなたは自分の会社にどのような影響を及ぼすか、考えたことがありますか?
本稿は、
- 企業内に薬物を使って逮捕された社員が出てしまったらどうなるのか?
- 企業内で薬物対策として何ができるのか?
という二点について考えてみようと思います。
もしも社員が薬物使用で捕まったら?会社の家宅捜索も免れず
日本で違法性のある「薬物」としてあげられるのは、麻薬と呼ばれるヘロイン、LSD、コカイン、覚せい剤と呼ばれるMDMA、ヤーマやヤーバという錠剤タイプの覚せい剤、大麻、マリファナ、それからシンナーにトルエンなどです。
現在、日本ではこれらの薬物問題について、以下にあげる麻薬5法による規制が行われています。
麻薬5法
- 1:麻薬及び向精神薬取締法
- 2:覚醒剤取締法
- 3:大麻取締法
- 4:あへん法
- 5:国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取法等の特例等に関する法律
さて、違法な薬物を所持したり使用したりすると、その本人だけではなく、家族機能が侵されたり、家庭内暴力、家族の崩壊も招いたりしてしまい、家族など周りの人たちも不幸になってしまいます。
それだけではなく、従業員が薬物問題を起こした場合には、企業のイメージダウンはもちろんですが、取引先からの信用にも大きな傷がついてしまいます。
社内に薬物乱用者がいた場合には、会社の社屋内は家宅捜索の対象になります。当然、家宅捜索を受けることで社内の仕事にも影響があります。
また、薬物乱用者は薬物の影響で社会に適応できなくなる様々な問題、例えば事故を起こしやすかったり、傷害事件を起こしやすかったり、妄想に基づく言動をしてしまったりすることもあります。
社内の秩序や規律は瞬く間に一人の薬物乱用者に毒されてしまうのです。では、このような状況の中で、人事部が取るべきなのはどのような対策なのでしょうか。
社員が薬物に汚染されぬため未然に打つべき3つの対策
薬物問題が企業に悪影響を及ぼすことは想像に難くないと思いますが、では、実際にそのような薬物問題を起こさないために、企業は事前対策としてどのようなことを行えば良いのでしょうか?
以下、3つの対策をご紹介します。
1)薬物問題がどのような結果を招くか、社内への啓発活動を行う。
「少しだけ」「1回くらい」という甘い考えは薬物問題への入り口であり、深みにはまるのは時間の問題です。
薬物問題を起こすと、本人も不幸になりますが、家族や会社にも迷惑をかけることを、繰り返し注意し、啓発活動を行ってください。
そして、啓発活動を行うことで、最初から薬物には近づいてはいけないという認識を刷り込んでおきましょう。
2)就業規則などに、薬物問題に関する懲罰規定を盛り込む。
覚せい剤などの違法薬物を所持・使用することを禁止し、そのような事態が生じた際に企業としてどのような懲罰に科すのか、できる限り具体的に規則を作成してください。
法的な穴がないように法務部や弁護士と内容を詰めておきます。最近では、違法薬物の所持や使用をした労働者は懲戒解雇にする企業も増えています。
就業規則などは、社内に周知させなければ効力を発揮しませんから、所定の届け出をする以外にも、全社への周知を徹底してください。
本来は、業務外の時間であるプライベートなものは懲戒の対象ではありません。
ただし、企業の社会的な信用に傷をつけたり企業活動を阻害したりするような重大なものは、プライベートな問題として見過ごすわけにはいかないのが実情でしょう。
これについては、関連する判例を一つご紹介します。
関西電力事件(昭和58年最高裁第一小法廷判決)です。もっとも、この関西電力事件事件は薬物問題ではなく会社をひぼう・中傷するビラを配布した行為に対するものでしたが、プライベートな時間の行為に関するものでした。
関西電力事件判決:独立行政法人労働政策研究・研修機構より
この最高裁の判例から、労働者の企業秩序違反を理由に、企業が労働者に懲戒を課すことができると考えられます。
つまり、企業は労働者がプライベートな時間に薬物問題を起こしたこと自体に対しての懲罰の規定を設けるのではなく、薬物問題を起こしたことによって社内の規律や秩序を乱したり、社会的な信用を傷つけたりしたことに対しての懲罰規定を設けることが可能なのです。
戒告、けん責、減給、出勤停止、停職、降格、諭旨解雇、懲戒解雇など、考えられる処分はいくつかの種類がありますが、その処分の重さが適当かどうかは客観的な判断が必要です。
重すぎる処分をすると、その処分に対して無効の判決がされることがありますので、懲罰の規定を決める際には十分に注意しましょう。
3)必要があるなら薬物検査を抜き打ちで行う
いつ会社に検査されるか分からないことで、なかなか薬物に手を出しづらくなる状況を作り出しましょう。
ただ、社内で薬物検査を行うには注意しなければならない点もあります。
日本では、薬物問題に対して個別の企業内で薬物検査を行うための、法律上の明確な規定がありません。
また、労働者には個人情報保護に関する権利が認められていますから、企業内において薬物検査をするのであれば、
- 特別な職業上の必要性が認められ
- 本人の明確な同意を得られている
という2つの要件を満たす必要があります。
職業上の必要性というのは、危険物を取り扱う業務、乗客の命を預かる運送業など、安全の確保が必要な職業をイメージしてください。
労働者の個人情報保護に関する行動指針を根拠に考えると、この2つの条件が揃わなければ個別の企業が独自に薬物検査を行うのは難しそうです。
ですから、薬物検査をすることに関する職業上の必要性がある場合には、入社の際に同意書を作成して、記名・捺印・日付の記入などを漏れなくしておくと後々のためにも便利です。
実際に起きた薬物問題〜企業はどう対応した?
バス会社の前科2犯の社員を解雇した事例
最近ですと、NHKのニュースで2016年11月9日に札幌市の路線バスの元運転手の男性(57歳)が、駐車場に停めた自家用車内で覚せい剤を使用したという事件が報道されました。
覚せい剤を使用したのは乗務の前日であり、裁判では懲役2年、保護観察付きの執行猶予4年の判決がくだされました。
覚せい剤の前科2犯である上に、多数の乗客を預かる仕事で覚せい剤を使用したことが罪に問われ、同社員は企業から解雇されました。
薬物検査を特定の職種に対して企業が行った事例
2011年には、大阪市交通局のバス運転手が覚せい剤の使用容疑で逮捕されたことを受けて、大阪市交通局がバスと地下鉄の乗務員全員に対して薬物検査を行ったことがありました。
その結果、地下鉄運転士2名から薬物(1名は覚せい剤、1名は大麻)を使用したとみられる陽性反応が出ました。ただし、陽性の反応が出た2名はいずれも覚せい剤の使用を否定したそうです。
このように、企業が薬物問題関係で労働者を解雇したり、薬物検査をしたりしている事例もあります。
ただし、企業には強制的に捜査をする権限はありません。
例えば、2013年にJR北海道の運転士が覚せい剤の使用の疑いで逮捕された事件では、運輸局から全運転士を対象に薬物検査を勧められたそうですが、人権上の問題を理由にJR北海道は拒否したそうです。
国土交通省からは事業者宛に薬物問題に関する通知(PDF)をたびたび出していますが、なかなか状況は改善していません。
薬物問題に対する企業の対策は、非常に難しい状況にあるのが現実です。