通勤は「業務」と密接な関係があるため、通勤の途中で負傷等した場合は、労災保険で補償する事とされています。ただし、労働基準法が「労災適用を認める通勤」の定義は、私達が通常考えるそれとはかなり違うものです。それは「合理的な経路及び方法により、自宅と勤務先を往復すること」です。どうすれば通勤が、合理的な経路と方法で行われたと認められるか、詳細に解説致します。
労災適用の「通勤」は私達が一般的に考える「通勤」と定義が違う
従業員を雇用すると、雇用された従業員は自宅と勤務先とを往復することになります。
通勤は通常、自宅と勤務先との往復の間は、使用者の指揮・命令下にはないので、業務中と基本的にはみなされません。
しかし、通勤は「業務」と密接な関係があるため、通勤の途中で負傷等した場合は、労災保険で補償する事とされています。
通勤の途中に負傷等した場合には、業務中に負傷等した場合と同様に治療を受けたり、休業補償等の給付を受けることができます。
業務中の負傷等の場合は治療費はかからないのですが、通勤災害の場合は200円だけ負担することとなっています。
ただし、労働基準法が「労災適用を認める通勤」の定義は、私達が通常考えるそれとは、かなり違うものです。
そこで本稿は、労働基準法が定める「労災適用となる通勤」の定義について、お伝えしたいと思います。
労災適用を受けられる通勤の定義:合理的な経路及び方法による自宅と勤務先の往復
さて、労災適用を受けられる、通勤災害における「通勤」の概念とはどのようなものでしょうか?
「通勤」と言えば、自宅から勤務先、勤務先から自宅へ向かう途中と一般的には考えられます。
普通だと、自宅から勤務先或いは勤務先から自宅へ向かう途中の災害であれば、どんな場合でも補償されるように思われます。
しかし、労災保険では「通勤」の概念に一定の制限を設けています。
労災保険において補償の対象となる通勤の定義は、「合理的な経路及び方法により、自宅と勤務先を往復すること」とされています。
実は、この「合理的な経路及び方法」というのが非常に重要な点なのです。
逆に言えば、幾ら自宅から勤務先へ向かう途中であっても、「合理的な経路及び方法」でなければ、補償の対象とはならなくなってしまうのです。
「合理的な方法による通勤」から外れる行為は?
では、「合理的な経路及び方法」とは一体どのようなものなのでしょうか?
この中で「経路」についての考えが非常に重要かつ複雑なので、先に「合理的な方法」についてお話したいと思います。
通勤手段には様々なものがあります。徒歩、自転車、自動車、バスや鉄道の公共機関等も考えられますね。
これらのものは基本的には、「合理的な方法」とみなされます。
よく「会社には通勤手段として自転車通勤を申告していたが、たまたま天候が悪く、バスで通勤し、その際に災害にあった場合にはどうなるのか?」といった質問を受けます。
このような場合、たとえ会社に申告していた通勤手段と違った通勤手段で通勤し災害に遭った場合でも、その通勤手段が合理的なものであれば、基本的には補償の対象となります。
では「合理的でない方法」とはどのようなものでしょう?
これは、無免許者や泥酔者が自動車を運転する場合等が考えられます。
ですから、何らかの違反で免停になっている従業員が、自動車で通勤し、災害に遭っても補償が受けられなくなってくる可能性があります。
従業員にとっても補償を受けれなくなると、経済的にも大きな影響を受けてしまいますので、事業主の方もその辺のところは、よく従業員に説明しておく必要があります。
また、しっかり説明することで無免許運転や飲酒運転の抑制の効果も期待できます。
「合理的な経路」とみなされない「逸脱した経路」とは?
「合理的な経路」とは、労働者が住居と勤務先との間で、通常的に考えて不自然ではない経路を言います。
従って「合理的な経路」は、必ずしも1つでなく複数あることも当然考えられます。
例えば、自動車通勤の場合で、その日の混雑具合で通る経路を変える事は十分考えられます。
また、普段は徒歩又は自転車で通勤していた労働者が、天候等の理由でバス等の交通機関によって、通勤するケースも考えられます。
必ずしも最短コースを通る必要は無く、常識的な範囲内であれば最短コースから多少外れても「合理的な経路」と認められます。
「常識的な範囲」については明確に定められていないので、一概には言えないのですが、最短コースより何キロも離れた経路を通る事は通常は考えられません。
仮に何らかの理由で、最短コースより何キロも離れた場所で災害に遭った場合には、合理的な経路上での災害では無いと認定され、通勤災害の補償の対象とはならない可能性が高いと言えます。
そして、「合理的な経路」と密接な関係がある概念が「逸脱」です。
先程、「最短コースから何キロも離れた場所で災害に遭った場合には、補償の対象とならなくなる」と書きました。
これは、通常利用すると考えられる経路から何キロも離れるという事は、何らかの通勤以外の目的でその場所へ行ったと考えられるからです。
このように、通勤の途中で通勤とは関係ない目的で合理的な経路から外れることを「逸脱」といい、労災保険では通勤途中で「逸脱」した時点から、通勤とはみなさなくなります。
通勤後に映画館へ行ったらどこから「逸脱行為」となる?
例えば、勤務終了後に映画館へ行こうと、通常の経路から外れて別の経路に入った時は、別の経路に入った時点で「逸脱」とみなされます。
別の経路に入った以降は通勤とは見なされなくなるため、別の経路に入ってから災害に遭っても、補償を受ける事は出来ません。
「逸脱」した以降は、全てが通勤と見なされなくなるので、たとえ映画を見終えて通常の経路に戻り、その後災害に遭遇してしまったとしても、労災保険は適用されないこととなってしまいます。
退社後は労働者にとってはプライベートな時間ですので、「逸脱」に該当する行為は十分考えられますし、それ自体に問題はありません
しかし、通勤災害に関しては「逸脱」後の災害は補償されないことは、是非認識しておいていただきたいと思います。
ただし、あまりに「逸脱」を厳格にしてしまうと、支障が出てくる場合が考えられます。
例えば、病院に寄ったり銀行に行ったり、最低限必要な所用を会社の帰りに済ませる事は当たり前の話。
厳格に「逸脱」を適用してしまうと、病院や銀行がどんなに会社に近くても、一度帰宅してから再度出かける必要が出てきます。
このように「逸脱」をあまりに厳格してしまうと、日常生活に支障が出てきてしまうので、労災保険では日常生活に最低限必要な行為については例外を設けています。
今後、折に触れて、その辺りについてもお話したいと思います。