ピコ太郎さんの「ペンパイナッポーアッポーペン」の商標が、全く無関係の第三者によって、先に商標出願されていたという報道がありました。商標制度の大前提は「最初に出願した人に商標登録を与える」ことですが、大切な名称を本来のビジネスに利用する気も無い第三者に奪われぬよう、何か対抗策は打てないのでしょうか?
ピコ太郎の「PPAP」を無関係な第三者が商標出願
YAHOO!ニュースで「ペンパイナッポーアッポーペン」の商標が、第三者に商標出願されていたという報道がありました。
ピコ太郎さんも驚きを隠せない様子ですね。
引用:無関係の「商標出願」繰り返す企業、ついに「ペンパイナッポーアッポーペン」も!
ピコ太郎さんの大ヒット曲「Pen-Pineapple-Apple-Pen(PPAP)」で使われるフレーズ「ペンパイナッポーアッポーペン」などが、大阪府内にある無関係の企業によって商標出願されていたことがわかった。
(中略)
一方、ピコ太郎さんが所属するレーベルを傘下におさめるエイベックス・グループ・ホールディングスは昨年10月14日、「PPAP」を商標出願しているが、確認できるかぎり「ペンパイナッポーアッポーペン」「PEN PINEAPPLE APPLE PEN」については出願していない。
大阪の企業は、過去にも「STAP細胞はあります」「民進党」といった言葉など、既存の団体や人物に関連した商標を出願していた。特許庁は昨年5月、「一部の出願人から大量の商標出願が行われている」として注意喚起する声明を発表していた。
ちなみにこの会社は、他にも「直虎」「君の名は」なんていう出願もしています。
このような行為を行う企業や個人は、業界では「商標トロール(商標荒らし)」や「商標ヤクザ」と呼ばれており、自社では使用しないが他社が使用しそうな商標を先に出願し、ライセンス料を請求することで、儲けを得ることを画策しています。
実際に、商標トロールは、我が国で1年間に出願される商標の総件数のうち、およそ1割にもあたる数の出願を行っており、文字通り手当たり次第の出願を行っています。
果たして、ピコ太郎さんはライセンス料を支払わなければならない運命にあるのでしょうか?
また、ピコ太郎さんに、何か打つ手はないのでしょうか?
商標トロールはお金を支払わず商標を出願する
まず、なぜ商標トロールと呼ばれる人物が存在できるのかについて考えてみましょう。
今回、PPAPについて商標出願した商標トロールと批判されている人物は、なんと2016年だけでも個人・法人両名義で10,000件以上の出願をしています。
これが全て商標登録されると、特許庁に支払う印紙代は少なくとも1億2千万円になります。
ならば商標トロールは、年間1億2千万円も投資して、このような活動を行っているのでしょうか。
実はそうではありません。
商標制度では、商標出願を受理できない条件が4つ定められています。
この4つの条件に当てはまらない場合は、商標出願を受理しなければならないことになっています。
この条件の中に、「料金を支払わないこと」が含まれていないのです。
ですから、出願時に料金を支払わなくても、特許庁は商標出願を受理しなければなりません。
この規定は、商標法条約という国際的な取り決めに基づいて作られたものなので、日本国内の調整だけで変えることは難しいでしょう。
料金を支払わない場合はどうなるかというと、一定の猶予期間が与えられ、料金を支払うよう命令がされ、この猶予期間中に料金を支払わないと、商標出願は却下されます。
期限切れでお金を払わないのに先に出願した商標トロールが勝つ
ならば、これを待って、商標トロールも退散するか?!と思いきや、実は彼らはしぶとくその後も粘着してきます。
商標出願が却下されて終わるのなら問題は少ないのですが、これに続けて利用できる制度に目を付けているところが、大きな問題を生じています。
商標制度には、商標出願を別の出願として存続させる、「分割出願」という手続があります。
この分割出願も商標出願であるので、先ほどの条件に該当しない限り、特許庁は商標出願を受理しなければなりません。
したがって、分割出願をし続ける限り、「料金を支払え→分割出願→料金を支払え→分割出願」が繰り返されます。
ここで問題なのが、分割出願の出願日が、最初の商標出願の出願日として維持されることです。
つまり、分割出願をし続ける限り、料金を支払わずに出願日を維持し続けることが実質的にできてしまうということです。
商標トロールは、これを続けている中で同じ内容の商標出願が他社からされた場合に、そこで初めて料金を支払い、商標出願を正式に存続させます。
これと同時に、他社の商標出願よりも出願日が前であることから、他社よりも商標登録を優先的に受けられる地位があるので、この地位を利用して他社に対してライセンス料を要求するという交渉に出ます。
ピコ太郎が商標トロールに打ち勝つ手だては?
そもそも商標制度は善意の利用を前提として設計されており、このような仕組みも抜け道ではなく、本当に料金が支払えない企業の救済措置として設けられているものです。
ですから、商標トロールのためだけにこの救済措置をなくしたり厳しくしたりすると、国際的な取り決めの壁もそうですが、他に影響が出てしまうので、特許庁も対策が容易ではないと頭を悩ませているところでしょう。
ピコ太郎さんの件についても、商標制度の大前提は「最初に出願した人に商標登録を与える」ことですから、ライセンス料について商標トロールと交渉を持たねばならないのが、残念ながら現実です。
何か対抗策を打てるとすれば、以下3つの策を念頭に覚えておくと良いでしょう。
1)できるだけ早期に商標登録を取得する
第1の対抗策は、できるだけ早期に商標登録を取得することです。
新しい商品・サービスを企画する場合、名称やロゴマークが決定した段階で、商標登録の検討を忘れずに行うことが重要です。
2)複数の名称やロゴマークを作成し商標登録の可能性が高いものを採用する
第2の対抗策は、新しい商品・サービスの名称やロゴマークである場合は、名称やロゴマークを1つだけでなくいくつか候補を作成し、商標調査を行った上で、商標登録の可能性が高い名称やロゴマークを採用するというプロセスを設けることです。
商標調査の費用はかかりますが、請求されるライセンス料や、その後に商標変更に要する費用に比べたら、これらにかかる費用は微々たるものです。
3)1つの商標にこだわらない
第3の対抗策は、「こだわらない」という気持ちを持つことです。
商標登録に限った話ではありませんが、こだわると、費用が高くつくのが相場です。
まだ使用していない商標は、自社が気に入っている点で価値はあるものの、経済的価値はほとんどありません。
商標は長年使用し、ブランドが蓄積されることに評価が集まります。
ですから、まだ使用していない商標が、仮に商標トロールが分割出願している商標とバッティングしても、こだわりだけで商標登録を進めると高くついてしまうので、他の商標を選択することも冷静に考えることが大切です。
ピコ太郎さんの「PPAP」について言うならば、PPAPの商標にこだわらず、これからもヒットミュージックを生み出し、1)2)であげた対抗策を打っておくのが、最大の攻めであり守りであると言えるでしょう。