12月に音楽大手のエイベックス社に労働基準監督署から是正勧告が通達されました。これを受けて同社の社長である松浦勝人氏は、業界特有の事情ゆえに長時間労働を是正するような発言を行い、これに世間は厳しい反応を見せました。是正勧告はどのような場合に行なわれるものかを考えてみると、松浦氏がなぜ批判されることになったのか理解することが可能です。
エイベックスへの労基署による是正勧告に対する社長発言に非難集まる
皆さんも記憶にあたらしいところと思いますが、12月にエイベックスが労働基準監督署から是正勧告を受けました。
これを受けて、同社の松浦勝人社長(以下、松浦氏)がブログ記事の中で、以下のように書いたことで同社は更に批判の対象となりました。
望まない長時間労働を抑制する事はもちろん大事だ。ただ、好きで仕事をやっている人に対しての労働時間だけの抑制は絶対に望まない。好きで仕事をやっている人は仕事と遊びの境目なんてない。僕らの業界はそういう人の「夢中」から世の中を感動させるものが生まれる。それを否定して欲しくない。
だから時代に合わない労基法なんて早く改正してほしいし、そもそも今のキャンペーンは労基法の是正が遅れているにも関わらず、とりあえず場当たり的にやっつけちまえ的な不公平な是正勧告に見えてならない。
なぜ、彼の是正勧告に対する否定的コメントは、世間から批判される原因となってしまったのでしょうか?
その原因は、是正勧告がどんな環境のもとで行われるものかを知れば、簡単にわかることです。
労基署の是正勧告はどんな時に行われるのか?
是正勧告とは、労働基準監督署の調査が行われ、労働基準法等の法令違反が発見された場合に、その是正を求めるものです。
さて、これら労働基準監督署による事業所の調査は、
- 従業員からの申告
- 重大な労災事故
など、よほどの法令違反を「申告」されることにより行われるのが大半です。
松浦氏のブログを拝見すると、「自分の業界は〜で、社内のみんなもそれを理解して喜んで働いている。従って、長時間労働がダメというのはナンセンス」というニュアンスの論調を展開していますが、実際のところ、是正勧告は長時間労働を「是」としているはずの、社内からの申告で行われた可能性が高いのです。
「自分は長時間労働なんて全然気にしない。むしろ、仕事と遊びは一緒だと思っている。皆もそうだよな!」(社長)
「そんな価値観押し付けんなよ!安月給で深夜も土日もないんじゃたまらねーよ。あっ、そうだ。労基署に訴えたろー!」(社員)
こんなふうに、よほど経営者と社員の間で労働条件に対する意識差が開かない限り、是正勧告が行なわれることは起こりにくいのです。
にも関わらず、松浦氏の主張は自分の主観一辺倒で、是正勧告を「理不尽」と評する論調に一貫しています。
これでは批判されるのも仕方がないところでしょう。
労基署は是正勧告をどのような形で行うのか?
それでは、是正勧告の実態はどのようなものなのでしょうか。
調査では、賃金台帳、出勤簿、労働者名簿、36協定等を基に、労働時間の管理や割増賃金等が法律に適した形で行われているかが、調査されます。
万一、調査で法律に違反している事項が発見されたら、労働基準監督官はそれらを是正するよう指導する権限があります。
具体的には、違反事項に対する指導内容を記した、「是正勧告書」が交付されます。
是正勧告書には、違反項目と是正期日が記載されており、指定された期日までに違反項目を是正して、労働基準監督署へ是正状況を報告することになります。
是正勧告の法的な強制力と会社に与える影響
ちなみに是正勧告は、あくまで行政指導であり法的強制力はありません。
従って是正勧告を受け、それを放置したとしても、法律的に罰せられることはありません。
ならば、是正勧告を受けても無視してしまえば良いのか?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、決してそうではありません。
労働基準監督署は違反者を送検する権限があるため、是正勧告に従わなかったら、最悪な場合は送検されてしまうことになります。
労働基準法に違反した場合は、懲役又は罰金刑の定めがされているため、送検されて刑が確定されれば、それらの刑罰を受けることとなります。
さらに、社会的信用も失ってしまうこととなってしまいます。
このような意味で是正勧告は、「違反した事実に対して刑罰を与える前に、一定の猶予期間を与えてもらう措置」と解釈した方が良いでしょう。
是正勧告を受けたならば、真摯に違反事項に対して是正をすることが、経営的にみても得策と言えます。
松浦氏が最初からやっておけばよかったこと
また、違反状態で経営を行うことは、決して良いことではありません。
最初は些細な違反でも、それが積み重なっていけば、違反に対して感覚が麻痺してしまいます。
その結果、重大な問題や大きな事故に繋がってしまう可能性は十分考えられます。
さらに、社会的な大きな問題を起こした企業には、間違い無く数多くの違反が他にも存在します。
違反事項があったならば正しい形に直すことで、経営的に考えてプラスの効果をもたらそうと考える必要があります。
言葉を変えるならば、是正勧告はある意味でビジネスチャンスとなるのです。
机上の空論と思われる方もいるかもしれませんが、是正勧告に真摯に向き合うか否かで、経営者の倫理的な資質が問われていることを忘れてはなりません。
最後になりますが、是正勧告に対して前向きな姿勢を取ることは確かに重要です。
しかし、それ以前に「是正勧告を受けないこと」のほうがが重要です。
もし松浦氏が言うように、芸能業界が長時間労働無しに「良い仕事」が成り立たないのであれば、
- 長時間労働が見込まれる業務を外部委託として、見合う対価を支払う
- 長時間労働をあくまで社内で内製化するなら労働基準法を守る
この形態を取ること以外に解決策はありません。
もっと言えば、最初から当たり前のこの形を取っていれば、今回のように叩かれることも無かったことでしょう。