今や「ノー残業デー」「ワークライフバランス」への要請が強く叫ばれているにも関わらず、一方では「やっぱり早くから働いて遅くまで頑張っている人は偉いよ」という声が聞かれます。
その心理学的な理由に迫ります。
30秒で描いた絵に1万ドルの値をつけたピカソ
今回は、「なぜ長時間労働はなくらないのか?」という疑問に答えるひとつの心理学的理由をお話ししましょう。
さて、あの天才画家・ピカソの、次のようなエピソードを聞いたことはありますか。
あるレストランで食事をしていたピカソに、給仕をしていたウェイターが、
このナプキンに何か描いてもらえませんか。お礼はしますので!
と頼みました。
ピカソは、さらさらと30秒ほどで絵を仕上げてウェイターに渡し、
お代は1万ドル(日本円で100万円超)。
と告げます。
ウェイターは驚き、こう返しました。
たった30秒で描いた絵が1万ドルもするのですか?
するとピカソはこう言ったのです。
いいえ、40年と30秒です。
サッと早く終わる仕事を評価する人は少ない
このエピソードが実話かどうかはさておき、ピカソがなぜ1万ドルを請求したかはおわかりですよね。
わずか30秒で素晴らしい絵を描けるようになったのは、それまでの40年もの間、ひたすら絵を描くことに費やしたからであり、この絵にはその40年の蓄積が反映されているということです。
確かに、ピカソの主張はもっともです。
しかし、感覚的にはあなたも、「30秒の作品に1万ドルか、、、なんだかなあ・・・」と思うのではないでしょうか?
似たようなエピソードがあります。ピカソのような高名な人物ではありません。
ある鍵職人の話です。彼が鍵職人になりたてのころ、慣れないので鍵を開けるにはかなりの時間が必要でした。
代金は100ドル。さらに新しい鍵を付けるのに20ドル。合計120ドルを請求していましたが、部屋に入れなくて困っている依頼者はさらにチップまでくれたそうです。
その後、熟達した鍵職人は短時間で鍵を開けることができるようになりました。そこで、代金は新しい鍵代込みで100ドルに下げたのですが、誰もチップをくれるようにならなかったのです。
不慣れで時間がかかり、その間ずっと依頼者は待たされていた時のほうが、代金が高いにも関わらずチップまでもらえていた。
ところが、短時間で鍵を開け、代金も安く、依頼者もすぐに部屋に入れるようになったにも関わらずチップはくれない。
これはいったいどういうことでしょうか?
成果単位の仕事にも努力を求めるのが人の心理
この問題を紐解くポイントは「人は、価格の適正さをどういう基準で判断するか」という点に集約されます。
モノであれば、同じような製品との比較によって、それぞれの製品の価格の妥当性を判断したりしますね。
サービスにおいても、一般的な価格水準=相場があるものについては、判断しやすくなります。
たとえば、マッサージなら60分でだいたい5~6千円とか。この相場よりも高ければ、ちょっと高いかなと判断するわけです。(最近は、マッサージ60分3千円程度のところが増えてきたため、一般的な価格水準が大きく下がりつつありますね)
ただ、マッサージのように、サービスを受けている時間単位で価格が決まるようなものであればいいのですが、「鍵を開ける」といった成果単位で価格が決まるものだと、判断が難しくなってきます。
鍵を開けるまでの時間がベテランなら5分で済む。一方、新人なら20分かかる。鍵を開けるという成果では、短時間で済むベテランのほうが効率的です。
ところが、お金を払う立場の感情としては、もたついて、汗だくになりながら鍵と格闘する新人さんのほうにこそ、チップを払いたくなる心理が作用します。
なぜなら「努力してる感」が感じられるからです。
どうやら、私たちは無意識のうちに、「どれだけ時間をかけているか」ということを価値判断の基準に置いているということなのです。
経営者は「時間」よりも「成果」で社員の働きを評価する必要がある
実のところ、私たちは皆、生まれてから死ぬまでの有限の時間を生きています。その意味では、「時間」こそが最も大切で価値あるもの。
したがって、相手が自分のためにどれだけ「時間を費やしてくれたか」ということを過度に重要視してしまうのです。
これが、時短やワークライフバランスが叫ばれる中、あいかわらずビジネスパーソンの長時間労働が減らず、これを美徳とする人が一定数存在する理由のひとつです。
正直に言って、雇う側、マネージャーの立場になると、同じような成果なら、長時間働いている社員や部下のほうを高く評価したくなるものです。
したがって、雇用者、マネージャーとして、社員・部下の過重労働を防ぎ、ワークライフバランスを大切にしてあげたいと考えているなら、
「評価の基準は、成果を出しているかどうかだ」
ということを日々意識し、「ダラダラと働いてわざと残業している社員」を高く評価するような、間違ったバイアスがかからないように気を付ける必要があります。