海外進出を図る企業は年々増えていますが、ここで大きな問題となるのが、赴任した社員の心身両面におけるヘルスケアです。全く違った気候、食生活習慣、考え方の違いにより、赴任者には心身両面に大きなストレスがかかり、体調を崩しやすい状況が訪れます。彼らをケアするために会社が事前に整えておくべきことを3つのポイントにまとめてご紹介します。
海外へ赴任する社員は心身両面で健康を崩しやすい環境におかれる
多くの日本企業が、グローバル化による新規市場開拓を目的として、海外に社員を派遣することが増えています。
そのような中で先週末、海外に赴任した社員の自殺に関する訴訟について、以下のようなニュース報道がありました。
<海外出張中の自殺>両親に解決金500万円で和解
大手塗料メーカー「関西ペイント」(本社・大阪市)の若手社員が5年前、海外出張中に自殺したのは会社側が心身のケアを怠ったためだとして、滋賀県彦根市の両親が約1億2800万円の賠償を求めた訴訟が大阪地裁であり、今月7日付で和解したことが分かった。会社側が両親に弔意を表し、解決金500万円を支払う内容。
社員は入社3年目の男性(当時26歳)。訴えによると、2009年に入社し、英語が堪能だったことを買われて、11年9月に約2週間のインド出張を命じられた。現地で新設工場の管理点検などの責任者になった。
滞在を始めて約10日後、工場の塗料槽が故障するなどトラブルが続き、現地スタッフを巻き込む大規模なストライキが発生。対応に追われた男性は、宿舎の自室で命を絶った。部屋にあった遺書には「私の勝手な判断でトラブルを発生させ、関係者に多大な迷惑をかけた。命をもっておわびしたい。ストがなければと思うばかり」などと書かれていた。
海外で一人トラブルに追われる中で、精神的に追い込まれた結果の出来事であり、起こってはならない悲しい事件でした。
海外への進出は社運をかけた一大事業ですが、事業を成功させるためには、社員の心身両面における健康が快活である必要があります。
実際に、海外で仕事をしている社員の健康は非常に見えにくいものですし、海外赴任者だからこそ抱えがちな心理的ストレスや健康問題があります。
そこで本稿では、海外赴任者の心身両面における健康管理について、注意するべきことを提示したいと思います。
海外赴任者の健康を脅かす4つのリスクとは?
海外赴任者達の心身における健康を脅かす要因には、以下のようなものがあります。
1)食べ物の変化によるストレスや生活習慣病
食生活の豊かな日本人が、海外に行ってストレスを抱えやすいのが、食生活の問題です。
食べることは生きること。料理の味付けが違うことに対する違和感や、食べたいものが思った通りに手に入らないことがストレスにつながります。
また、海外での食事は高カロリーな場合が多く、高脂肪になりがちです。
年齢を経てから海外へ赴任する方にとっては、日本と海外の食生活習慣の違いが、生活習慣病などと相まって問題となりがちなようです。
海外へ赴任する際は、日本にいる時と似た食生活習慣を取り入れることや、休日に心身をリフレッシュする運動を推奨する必要があります。
2)環境の違いから生まれるストレス
冒頭の悲しい出来事でもご紹介しましたが、海外赴任者に対するメンタルヘルスケアが会社には求められます。
外務省の発表によると、平成25年度の海外邦人死亡者数は601人、そのうち何と10%の62人が自殺によって命を絶っています。(母数の違いはあるが、国内における死亡要因において自殺率は2%前後)
海外赴任の場合は出張や旅行と違い、生活基盤そのものを異文化に置かねばなりません。
慣れない土地へ行くことの不安は誰しもが抱えるものですし、生活習慣の違いや、考え方の違いへ対応しなければならないことにより、赴任する社員には少なからずストレスがかかります。
悩みや愚痴を聞いてくれる親しい人がおらず、孤立した状態となりやすいのも、メンタル面の健康を崩しやすい要因としてあげられます。
3)気候の変化が与える健康への悪影響
熱帯や亜熱帯地域など暑い国では、高温多湿の環境で体がだるくなったり、脱水症状を起こしやすくなります。
あせもなどの皮膚病に羅患する例も少なくありません。
一方、空気が乾燥している国では、喉や鼻の風邪やアレルギー性鼻炎などを発症しやすいです。
なお、深刻なPM2.5問題を抱える中国のように、大気汚染が深刻な国では、呼吸器系の病気に羅患する赴任者も多いようです。
4)衛生状態の悪い中で過ごすことによる感染症リスク
外務省の発表する地域別の海外邦人数推移を見ると、西欧諸国への渡航者数は頭打ちとなり、南米大陸やアジア諸国など、発展途上国へ邦人が向かっている傾向を確認できます。
発展途上国では衛生面での意識が、日本と比べて低いことがほとんどです。そのため感染症にかかるリスクも高くなります。
最も多いのは現地の食べ物でおなかを壊してしまう「旅行者下痢症」であり、軽症であっても、仕事に支障が出てしまうので非常に厄介です。
また、日本でも感染者が出ているデング熱やマラリアなど蚊から感染する病気によるリスクの他、途上国の一部の病院で見られる注射器の再利用により、B型肝炎やHIVに院内感染する危険性もあげられます。
海外赴任者のために会社が事前に行いたい3つの健康管理対策
このように、海外赴任者には、心身両面で健康を脅かすリスクが周囲に発生します。
どのように、これらを防げるか?3つのポイントを最後に提示したいと思います。
ポイント1:派遣する人は心身ともに健康な人がベスト
一番ベストなのは、海外赴任者を選ぶときには、心身ともに健康な人を選ぶことです。
健康診断の結果が良好であることはもちろん、普段の仕事や私生活を把握したうえで、心理的ストレスに対する耐性が強い人間でなければ、いくら能力があっても、成果が出せない場合があります。
環境の全く違う宇宙へ向かう宇宙飛行士の選任基準において、医学的特性と心理学的特性で一定レベルを満たすことが求められるのと理屈は一緒です。
しかし、ここで注意しておきたいのは、働く人が高齢化しているという現実です。
限られた人材の中から、高齢化により慢性的な病気を抱えている人を選ばざるを得ないこともあるでしょう。
こういったケースでは現地で病院に通えるか、治療が受けられるかどうかが重要になってきます。
なお、症状が安定しているのであれば、「帰国の度に必ず医師に経過観察をしてもらう」という条件つきで派遣するべきでしょう。
心理面においては、会社が赴任者の悩みを相談できる体制作りを行う必要がありますし、家族など相談できる人と一緒に過ごせる環境を出来る限り作ってあげることも大切です。
ポイント2:出国前の健康診断をぬかりなく行う
海外赴任前の健康診断は、労働安全衛生規則45条2で定められており、事業者には業種に関わらず、海外赴任前に健康診断を受けさせる義務があります。
健康診断の結果は英語に訳し、現地に必ず持っていくようにさせてください。
海外赴任者が中高年であれば、MRIなど生活習慣病などが早期発見ができる検査を追加しましょう。
また、義務ではありませんが、海外赴任者と一緒についていく家族がいらっしゃるなら、彼らの健康診断も行うようにすることは、とても賢明です。
ポイント3:事前に赴任先の国で起こる健康リスクを調べて対応する
海外赴任させる際は、事前に健康指導を行うことも重要です。
特に、赴任先の国に特徴的な健康問題については、その対処法を知る必要があります。
これを実現するためには、産業医の面談や協力が必要です。
なお、指導を行うために必要な情報は、外務省海外安全ホームページや厚生労働省検疫所のウェブで入手できますので、事前に調べておきたいところです。
海外へ社員を赴任させる際は、これらの情報を元に、社員が心身ともに健康を保って、思う存分能力を発揮できるよう、会社が支援する必要があります。