経営者の方で労働基準監督署の調査を好む方は、殆どいらっしゃらないことでしょう。ところが労務のプロは、労務管理の適正化という視点から、労基署の調査が入ることがわかった場合、これをプラスに捉えるべきだと主張します。プラスに捉えることに果たしてメリットなどあるのでしょうか?詳しく見ていきましょう。
労働基準監督署の調査を好む経営者はいない
読者の皆様は「労働基準監督署」に対して、どのようなイメージを持たれているでしょうか?
おそらく、経営者の中で労働基準監督署のことを「好き」と思っている人は、いないはずでしょう。
労基署は税務署同様、経営者に嫌われやすいチェック機関ですが、税務署が税務調査を行うように、労働基準監督署は、事業所に「臨検」と呼ばれる調査を行うことがあります。
「臨検に入られるのってラッキー?それともアンラッキー?」と聞かれれば、誰もが「アンラッキーに決まっている」と答えることでしょう。
しかし、経営という視点からみた場合、労働基準監督署の調査は、本当にアンラッキーなのでしょうか?
経営者の方からは「何故?」と言われてしまうかもしれませんが、私はこの臨検をラッキーだと考えており、経営者の方にもそう考えていただきたいと思っています。
なぜ、ラッキーと考えるかは、労働基準監督署の調査を、通常とは全く違う視点で捉えているからです。
労働基準監督署の調査をラッキーと考えた社長
ここで私が実際に経験したことをお話してみたいと思います。
私のクライアントの方で、運送業を営んでいる社長様がいるのですが、この方は非常にワンマンなところがある方ですが、その反面、非常に人情味に厚いところがありまして、誰でもとりあえずは入社させてきました。
慢性的に人手不足なところもあるのですが、「縁あって、自分の所に来てくれたのだから、いきなり断るのではなく、とりあえず働いてもらう」という考えなんです。
ワンマンな経営者の方だと、労働基準法なんて全く意に介しないケースが結構多いのですが、この会社の社長様は、「法律を守る」ということを、非常に重要視していらっしゃいました。
私もこの社長様とは、何度も話す機会があるのですが、社長様の口から「労働基準法通りにやっていたら会社は潰れてしまう」という、他の社長様からはよく聞く言葉は一度も聞いたことがありません。
ところがこの会社で、大きな労災事故が起きてしまったのです。
事故の原因は、従業員の過失によるところが多かったのですが、事故自体が大きかったので、労働基準監督署の調査が入ることとなりました。
監督署の調査が入ることとなると、「先生、調査、って一体何を調査するんですか?大丈夫なんでしょうか?」と通常は、経営者の方は非常に心配され、すぐに連絡をしてきます。
この会社に監督署の調査が入るのを知ったのは、監督署からの通知が届いてから、1週間程経ってからでした。
しかも、「監督署の調査が入る」という連絡を受けたのではなく、たまたま、別の用事で行った時に、社長様から「今度、この前の事故の件で、監督署の調査が入ることとなったよ」とあっさり言われたんです。
私も、この社長様の性格を知っていましたので、「大丈夫ですよ。心配することありませんよ。」と言うと、社長は、平然と「心配なんか全然していないですよ。」
実は、社長様が言った、この後の言葉に本当に感銘を受け、まさにその通りと深く頷いてしまいました。
労基署の調査を労務管理適正化に役立てる視点
社長様が言った言葉は以下のとおりです。
「たとえ、事故の原因が、従業員の過失にあったとしても、このような大きな事故が起きてしまったことは事実だから、会社にも、きっと何処かに問題があったはずだ。
それを労働基準監督署が調査してくれて、指導してくれれば、何処を改善したら良いか、わかるわけだから、会社にとってはありがたいことなんだよ。」
どういうことかと言えば、労働基準監督署の調査では、出勤簿や賃金台帳も調べられます。
その結果、残業代の不足が指摘されたりするので、多くの経営者は、調査を好ましく思わないのが実情です。
ところが、この社長様は、
「自分では正しいと思ってやっていることでも、実際は、正しくなかったり、勘違いをしている事こともある。
それは言われなければ、自分ではなかなか気が付かないから、指導されれば、正しい知識も身に付くから、それだけ会社にとってプラスとなるんですよ。
もし、残業代とかで不足があって、払わなければならないものがあれば、それは、元々払うべきものだから、払えば良いんですよ。
だから、監督署の調査を受けないに越したことはないけど、受けることとなったら、それはそれでラッキーと思えば良いんですよ。」
というような話をされました。
この社長様は、労働基準監督署の調査をマイナスに考えるのではなく、会社にとってプラスになることと捉えていました。
会社にとって労基署の調査をプラスに捉えるメリットとは、一体何なのでしょうか?
労基署の調査をプラスに捉えるメリットとは?
プラスな考えは、それ自体が経営にも良い影響を与えますし、前向きな姿勢には監督署も好意的に対応してくれる、これが労基署の調査をプラスに捉えるメリットです。
私も、これまで監督署の調査は、何回となく立ち会ってきましたが、実際の労働基準監督署の調査は、一般にイメージされているようなものとは少し違います。
もちろん国の機関ですから、違法行為を見逃すというようなことはありませんが、労働基準監督署はコンプライアンス(法令遵守)に対して前向きな会社に、「罰してやろう」というような態度は決して取りません。
調査を受け、何らかの指導や改善命令が出たり、直ぐに改善できない場合でも、段階を踏んで改善していく姿勢を見せる前向きな会社には、直ぐに改善しないといけないような事項でも、一定の期間の猶予をくれる場合があります。
監督署の調査の本来の目的は、会社を罰するために行われるものではなく、労働者にとって働きやすい正しい状態にすることが目的であるので、威圧的な姿勢で調査が行われるわけではないからです。
逆に経営者が、監督官に威圧的な態度を取ったり、賃金台帳やタイムカードの帳票類の提出を拒んだり、改ざんしたりして、調査に非協力的な態度を取れば、監督官もそれなりの態度で臨んできます。
ですから私の顧問先には、監督署の調査が入った時は、帳票類の改ざん等を絶対にしないよう強くお願いしています。
もし、監督署の調査を受けることとなったら、調査に協力的な態度で臨んで、会社が良くなる機会と前向きな気持ちで、むしろラッキーな事として捉えて下さい。
決して、事態は悪い方向には行かないと思いますよ。