「子供は会社を継いでくれなさそうだけど、社内のあいつならやってくれるだろう。だけど、借金があるんだ。あいつを社長にしたら借金の連帯保証人をやってもらわねばならないんだ…」こんな悩みを抱えている経営者はとても多くいらっしゃいます。ある事例をもとに、借金のある会社を継いでくれる社員がいる場合に、現経営者ができることを考えてみます。
子供が継がないなら番頭に継いでもらおう。でも借金がある…
尊敬するZ社長の下で、40代のサラリーマン番頭Aさんは20年の間に多くのチャレンジを行ってきました。
この会社がZ社長とAさんで成り立っていることを、10名の社員は皆知っています。
会社は4千万円の借り入れこそ残していますが、月次では滞りなく返済を続けています。
Aさんは、給料こそ700万円もらえるかどうかというところで、家族は子供がちょうど大学生になったばかり。
妻と共働きで生活はささやかですが、この仕事を行えることに誇りを持っています。
一方でZ社長は、これまで必死に会社を経営してきましたが、65歳を過ぎた辺りから、「妻と一緒にゆっくりと旅行へ行ったり、趣味に時間を使いたい。」という思いが日増しに強くなっているのを感じています。
一時は8千万円あった借金もようやく4千万円となったことで、少しずつ気が抜けてきているのです。
また、Z社長には息子がいますが、今は開業医として医院経営を行っており、会社の経営にはノータッチの姿勢を貫きとおしています。
さて、ある日、Z社長とAさんは、毎月定例の飲み会を行いました。
この場で、Z社長は自分が会社経営という激務から2年後に引退して、老後の生活を始めたいと語り始めます。
Aさんは一連の話をじっくり聴き、少し考えたあと深呼吸し、「わかりました。私にやらせてもらえるならば、ぜひ会社の全てを引き継がせてください」と社長に伝えました。
「ただし、条件が一つあります。」
「会社には4千万円の借金がありますが、これを私はいずれ経営者として連帯保証人になり、会社として返済することになるはずです。私にとってはよくても、これはサラリーマンを夫に持つ妻にとっては大問題です。妻を安心させるのは難しいかもしれませんが、納得してもらう形までこぎつけるのを手伝っていただけませんか?」
Aさんの言うことに、Z社長もそのとおりだと感じます。
Z社長が円滑な事業承継と債務引き継ぎのためにやったこと
Aさんが経営者となり、いずれ債務の連帯保証人となるにあたり、Z社長はAさんをどのように手助けしたと思われますか?
サラリーマンが事業承継で経営者となる場合、Aさんの例と同じように、債務の引き継ぎが非常に大きな壁となります。
家族によく事情を話さず、債務のある会社の経営者となったことで、新経営者が家族から総スカンを食らったり、場合によっては離婚せざるを得なくなる状況すら生まれます。
Aさんの場合は、年収700万円で貯金も800万円そこそこで、自宅のマンションも返済まであと10年。
家族の持つ限られた資産では、連帯保証を行うにも厳しい状態ですから、家族を納得させる材料を提供する必要があります。
そこで以下2つのことを、Z社長はAさんのために行いました。
1)元経営者の連帯保証を一定期間継続する
経営者を降りるまでの2年間に、Z社長は返済を滞りなく行ったうえで、2,000万円強まで債務を減らすことに成功しました。
自分の報酬を10万円減額し、返済に充当したのも功を奏しました。
その上でZ社長はなんと、経営者を降りた後も、銀行に自らの連帯保証をなんとか1年間継続してもらうよう交渉しました。
同時に、経営者となるAさんについても、その期間内は連帯保証を免除してもらう形を金融機関に認めてもらい、その期間に返せるだけのお金を返して、Aさんが連帯保証人として返済する額を圧縮することにしました。
2)新経営者の報酬を増額する
とはいえ、1年後にAさんは経営者として会社の保証人とならなければなりません。
この時に大事なのが、経営者の個人資産と、経営者のもらっている報酬の額になります。
Z社長はAさんが経営者になる2年前に、彼を役員に引き上げて報酬も700万円から1千万円に引き上げました。
この原資も、Z社長は自分の報酬を30万円減額した分で充当したのです。
Aさんには妻へ事情を伝えてもらった上で、増えた分の報酬を預貯金に充当してもらいました。
引退する直前に身を削るのは辛いが行動は早いほうが良い
以上は、実際に起きた事業承継の1事例です。
事業承継はZ社長の決断により円滑に進み、職員の高齢化による退職で規模は縮小したものの、A社長のもとで経営が健全に行われています。
子供が事業を継がない場合、社内の誰かに引き継いでほしいけれど、借金の連帯保証が悩みとなって、なかなかこれが実行できないという人はとても沢山いらっしゃいます。
このような場合、経営者はキャリアの最後なのにと戸惑うかもしれませんが、自分の身を削って債務整理の道筋を作り、次の経営者へバトンタッチを行う必要があります。
この身を削る作業ができない故に、誰も事業を受け継いでくれぬまま、結果として歳月だけが流れていくという状態が多くなっています。
そのような意味で、Z社長の英断はとても勉強になるものと言えます。