1960年代に行われたミルグラム実験は、人が権威の下に置かれた時良心に反する行動を取ってしまうことを証明する実験だ。転じて経営者は違法行為に対して普段から嫌悪感を持ち、違法行為に対して甘い一言を社員に言わないよう気をつけるべきだ。経営者の一言が、社員を違法行為に誤誘導してしまう可能性を認識しておきたい。
組織的な違法行為 手を染めると良心が麻痺
企業を舞台とした粉飾決算や巨額脱税などの違法行為は、ニュースを通じて数多報じられている。
そのほとんどが経営者やある程度の位置に達したマネージャー層に端を発するものである。
読者の皆様は、企業を舞台とした違法行為についてどれだけ嫌悪感を抱かれているだろうか?
もし心の片隅に「違法行為も手段として仕方がない場合もある」という考えがあるならば、注意が必要だろう。
おおげさかに聞こえるかもしれないが、その考えが社員の前でふと言葉として現れた時、それが軽口であっても、社員は違法行為に走ることを「よし」としてしまう可能性がある。
これを裏付ける実験が1960年代に行われている。人の良心と権威の関係を明らかにした「ミルグラム実験」と呼ばれる実験だ。
人が権威に弱い事を証明したミルグラム実験
ミルグラム実験では、実験目的を秘匿し「記憶に関する実験」と称して集められた一般市民が被験者となった。
教師役と生徒役がくじ引きで決められ、「教師が出す問題の回答を生徒が間違えた場合は、教師がスイッチボタンを押すことで生徒に懲罰として電気ショックを与える」というのがミルグラム実験のルールだ。
生徒には誤答するごとに、初期設定の15ボルトから徐々に高くなる電流が与えられた。生徒は電圧が上がるごとに、痛みが大きくなり大きな悲鳴を上げるようになる。
この実験についてイェール大学の学生に対して行われたアンケートでは、最大電圧の450ボルトまで被験者が電流を流す確率予想が1.2%にしか過ぎなかった。
しかし電圧がかけられ生徒が苦しむ声が流れる中で、教師役の被験者で300ボルト以上の電流を流すスイッチを押した人の割合は100%に到達した。更に彼らのうち62.5%は、最大電圧の450ボルトまでスイッチを押し続けた。
教師役の被験者は皆、良心の呵責に苛まれ、泣いたり、狂ったように助けてくれと叫び、最初の内は電流を流すことを拒否する人もいたが、やがて無抵抗のうちに高電圧を生徒に向かって流すようになった。
教師役の被験者が電流を流し続けたのには理由がある。
彼らがスイッチを押すことをためらうと、白衣を着た博士をイメージさせる権威ある人間が、電流を流すのを続行するように毅然とした態度かつ無感情な言い方で促していたからだ。
さて、ここで実験のからくりをお伝えする。
実は一般公募で集まった被験者が引いたくじは、全て教師役のくじだった。
生徒役のくじを引いたのは、実験の趣旨を予め理解しているサクラであり、実際には電気ショックも与えられていなかった。
電気ショックが与えられた時に教師役の被験者が聞いた悲鳴の音源は、あらかじめサクラの声をダビングしたテープだったのである。
経営者の一言が社員に与える影響は大きい
ミルグラム実験の被験者たちにとって、実験は生活がかかったものでも、家族の安心が奪われるものでもなかった。にも関わらず被験者たちは、権威からの促しに応じて「電流を流す」行為を簡単に行った。
いわんや生活をかけて企業に勤める社員たちにとって、経営者やマネージャー層は権威の象徴であり、その言葉による促しの影響は非常に大きい。
当初社員が良心を持っていたとしても、経営者の違法行為に対する甘い一言は、違法行為を行うことを社員に促す行為となり、組織全体の風土もあっという間に違法行為を行いやすいものに変えてしまう。
違法行為に対して経営者が嫌悪感を持つことの重要性を、ミルグラム実験は教えてくれる。