ベンチャー企業という言葉を安易に使用するリスク

ベンチャーという言葉が生み出す甘美な響き

 「労働法守ってたらベンチャーは成り立たないでしょ」「ベンチャーなのでギリギリ行けるところまで行く」

 「ベンチャー企業」という言葉は企業経営者にとって、使い勝手の良い甘美な響きのする言葉だ。

 しかし「ベンチャー企業」という言葉は、使う場所や使い方を1つ間違えると、あらぬ方向へ議論を進めてしまう危ない言葉でもある。

 直近でその舞台となったのが、4月3日、国会において閣議決定された改正労働基準法案だ。残業ゼロ制度を盛り込んだいわく付きの法案である。

 そもそも残業代ゼロ制度というのは、現時点ではすべての労働者に対する制度ではなく、”高度の専門的知識等を必要とし、職務の範囲が明確”、かつ”一定の年収要件(1075万円以上)を満たす労働者”が対象のはずだ。(もっとも、経団連は年収要件を年収400万円や500万円に引き下げるよう要望しており、対象労働者が今後増えることは必至)

 この残業代ゼロ制度について、楽天のCEOである三木谷浩史氏が、一般社団法人新経済連盟の代表として発表した「知識社会での地球時間の働き方を目指して」の声明内容が物議をかもしたのだ。

三木谷氏ベンチャー発言が物議をかもす理由

 三木谷氏は改正労働基準法案について声明の中で、多様で柔軟な働き方を認めていくうえで第1歩と賛成したうえで、ベンチャー企業においては社員の労働対価を時間で評価するのはなじまない、と論旨を展開した。

 声明文章を引用すると以下の通りだ。

3.ベンチャー企業の場合、多くの従業員が企画型の業務を行い、ストックオプションをもらっていることも多く将来的リターンも大きいことにも留意が必要です。
 また、知識と情報を源泉とした高付加価値型サービスを提供することを中心的な活動とする企業等では、従来の時間という評価軸がなじまないことにも留意が必要です。
 このような企業に対しては、健康管理の枠組みを担保しつつ労働時間制度を適用除外することを引き続き検討していくべきと考えます。
 また、昨今の時代変化に合わせて、新たな企業やベンチャー企業などを代表する委員の追加など労働政策審議会の委員構成の見直しを図っていくべきと考えます。

新経済連盟ホームページ

 声明内で問題とされたのは、「ベンチャー企業の場合」と対象を「ベンチャー」にくくって、労働時間制度の適用除外を推進すべしと著述したことだ。 

 しかし現在の日本で「ベンチャー企業」とは具体的にどのような企業を指しているか、明確な定義はない。同声明にもベンチャー企業の定義は明示されていない。

 従って抽象的であやふやな「ベンチャー企業」という言葉でくくられた、労働時間制度の適用除外に関する対象範囲はどこまでも広がる。例えば経営者が経営する企業の規模や経営状況に関係なく「私達はベンチャー企業である」と名乗れば、その企業に在籍する社員はどんなに低い年収であっても、労働時間を無視した報酬を正当とされる対象に含んで良いこととなるだろう。

 三木谷氏は曖昧な定義のままにした「ベンチャー企業」という言葉を、公の場へ向けた声明内で、定性的な法律と並行使用してしまった。

 もしベンチャー企業という言葉を使うのであれば、三木谷氏は前提として自己または新経済連盟として定める「ベンチャー企業」の定義を前置きに記述するべきだったのだ。

 人によっては「健康管理の枠組みを担保」という声明内の文句すら見えなくなり、三木谷氏はすき家のワンオペやワタミの過労死を認めていると、あらぬ方向へ考えが向いてしまっているだろう。

ベンチャーを謳う時はTPOをわきまえる

 小さな部屋からスタートした仮想ショッピングモールシステムを、年間”兆”単位のお金を流動させるインフラとした三木谷氏の功績は非常に大きい。

 彼の発言は、実際にスタートアップ(起業)の苦渋を経験をした立場だからこそ言える、信念と重みのある発言であり、そこに誰かをちょろまかす意図はないだろう。

 実際に中小企業や創業したばかりの企業で、労働対価として時間軸を導入できるほど余裕のある企業は砂の一握しかない。三木谷氏は真摯に本音を語ったと思われる。

 しかし経営者は結果が全てだ。定義の曖昧な「ベンチャー企業」という言葉を、自己の定める前提なしに、公的で定性的な法律問題で言及した結果、自分がどのような批判を受けているか、三木谷氏は客観的に把握し、今後の言動に反映しなければならない。

 翻って意欲的な経営者であれば自らを「ベンチャー企業の経営者」と名乗れど、制度や法律について触れる時は、「ベンチャー」という言葉を今使うべきか、使わざるべきか慎重に考え、使用するなら自己の明確な定義を提示できるようにしておきたい。

時事
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