煙感知器で市場シェア0%⇒39%を僅か1年で達成した濱口秀司氏の発想流儀

マーケティング

 USBメモリの生みの親であり「世界で最も忙しい日本人」とも言われている濱口秀司氏は、ある時、アウトドアメーカーのコールマンから、煙感知器のコンセプト開発を依頼されます。ところが煙感知器市場はレッドオーシャンであり、コールマンの市場シェアはゼロ。しかし、商品発売から1年後、コールマンは市場シェア39%を達成することになります。濱口氏が仕掛けた発想の切り替えとは?

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「世界で最も忙しい日本人」稀有のビジネスデザイナー濱口秀司氏

 こんにちは。ジェネシスコミュニケーションの松尾です。

 「世界で最も忙しい日本人」とも言われている濱口秀司氏(以下、濱口氏)という方をご存知でしょうか。

 一般的な知名度は高くありませんが、製品開発、ビジネス開発においては世界的に知られる著名人です。実は、USBメモリを開発したのは濱口氏なんですね。

 日本初のイントラネット「サイボウズ」立ち上げにも濱口氏が関わっていますし、今ではドライヤーの主流となった「ナノイオンドライヤー」の開発にも彼が関わっており、とにかく伝説的な方です。

 さて、自らを“ビジネスデザイナー”と称する濱口氏は多忙すぎるのか、まだ単行本の著作はなく、記事寄稿やセミナーなどで時々自らのノウハウを開示されているのみです。

 そんな中、最近、私が強い刺激を受けているのが、DIAMONDハーバードビジネスレビュー(以下、DHBR)で濱口氏が連載されている「イノベーションの作法」です。

 DHBRの最新刊(2017 July)に寄稿された同シリーズの主題は「エクスターナルマーケティング」でした。

「エクスターナルマーケティング」とは通常語られる、ターゲット顧客向けのマーケティングです。

 すなわち、ターゲット顧客に対してどのような製品を開発し、それをいくらの価格でどのような流通チャネルで販売するのか、またどんな広告や販促などのコミュニケーション施策を展開するか、といったことを計画・実行するのが「エクスターナルマーケティング」と言えるでしょう。

 ついでながら、エクスターナルマーケティングの対になる言葉が「インターナルマーケティング」です。これは、文字通り社内の従業員向けのマーケティングです。このインターナルマーケティングについてはまた改めてご紹介したいと思います。

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濱口氏にコールマンが製品のコンセプト開発を依頼したのは「煙感知器」

 本題に戻りましょう。

 エクスターナルマーケティングの取り組みとして、濱口氏が上記寄稿で取り上げた製品開発の事例がとても面白かったので簡単にご紹介します。詳細を知りたい方はぜひDHBRをお読みください。

 日本でもアウトドア好きならご存知の方も多いと思いますが、アウトドアグッズのメーカー、コールマンでは、1990年代、収益拡大のため、インドア市場を狙った製品開発に取り組みました。そして選ばれた製品カテゴリーが、家庭での火事発生を知らせる「煙感知機」です。

 煙感知機の市場は言うまでもなく真っ赤っかのレッドオーシャン。様々なデザインや特長を持つ製品があふれており、価格帯も5ドル~500ドルと様々。

 この厳しい市場に新規参入するコールマンの煙感知機開発プロジェクトに、濱口氏は「コンセプトクリエーター」として参画しました。

 同プロジェクトでまず実施されたユーザーリサーチでは、2つの重要な顧客インサイト(コンセプト開発のヒント)が得られたのですが、今回は1つのみ取り上げます。

 リサーチによって明らかになったその顧客インサイトは、

 「キッチン用の煙感知機は電池が抜かれている場合が多い」

 というものです。

 キッチンでは、当然ながら調理のために火を使いますので煙が出る。このため、しばしば煙感知機が誤動作して警告音が鳴ります。

 探知機の脇(側面)についているリセットボタンを押せば鳴りやむのですが、天井に設置してあるので、いちいち脚立を持ち出してこなければならない。

 そこで、「ボタン押すのが面倒」ということで電池が抜かれてしまう。結果として、煙感知器が無用の長物と化してしまうのです。

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従来の煙感知器はボタンが押しにくい

 このインサイトを踏まえて、コールマンの開発チームがどのようなコンセプトを導き出したかおわかりになりますか。

 ごく自然な発想としては、

  「煙感知機の感度が高すぎるからすぐに誤動作してしまうわけだから、感度を適切な水準に調整し、誤動作をなくそう」

 ということになるのではないでしょうか。

 ただ、様々な家のキッチンに設置される煙感知機に対して「適切な感度」を明かにすることは可能でしょうか。なかなか難しいことだと思います。

 濱口氏によれば、「誤動作をなくすべき」という発想のバイアスを「ブレーク」し、「リセットが簡単になればいい」という発想に切り替えたのだそうです。

 そして、煙感知機の中央に大きなリセットボタンを配した設計に基づいた製品が開発され、市場に投入されたのでした。

 

コールマン煙感知器の動画(YouTube)

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僅か1年で「煙感知器」市場シェア39%を達成!レッドオーシャン市場でも成長は見込める

 この大きなボタンであれば、ほうきの柄などで簡単にリセットできるため、電池が抜かれることはありません。

 コールマンの煙感知機は、ボタンの位置と大きさを変えただけの技術的には非常に簡単なものですが、「ぱっと見」でも明らかに他社製品と異なる優位性を獲得できたのでした。

 この製品、もう一つのインサイトを元にした別の工夫も奏功して、参入わずか1年で39%のシェアを占めるという驚異的な成長を果たしています。

 ライバル企業もこの快進撃を見逃すことは出来ず、ついにコールマンの煙感知器部門は買収されることになります。

 たとえレッドオーシャン市場であっても、顧客インサイトを踏まえ優れたコンセプトを創造できれば、短期的な成長を得ることもできるという、実に面白い事例ではないでしょうか。

 いやあ、ほんと濱口氏はすごいなあと思います。彼のノウハウを体系化した著作の登場を私は心待ちにしています。

Photo credit: blprnt_van via Visualhunt / CC BY

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松尾 順

株式会社ジゾン
コンサルティング準備室 室長

早稲田大学商学部卒。マーケティング・プロデューサー。
ニールセン・ジャパン、CRC総合研究所でマーケティングリサーチ、コンサルティングに従事した後、電通ワンダーマンで、データベース・マーケティングやCRMの企画・プロデュースを経験。さらに、ネットベンチャーの立ち上げにも執行役員として参画した。

現在は、心理学、行動経済学といった消費者心理・行動の理解に役立つ学問分野の研究を活用し、売れる商品づくり、効果的なコミュニケーション開発に取り組む様々な企業をマーケティングリサーチからマーケティング施策の企画・運営までトータルに支援している。

株式会社ジゾンでは、CMSシェアナンバーワンのソフトウェア「HeartCore」の導入に伴うマーケティングコンサルテーションを担当している。

【著書】
『ブランディング戦略―ブランディングの基礎と実践 (広告キャリアアップシリーズ) 』誠文堂新光社
『[実務入門] 営業はリサーチが9割! 売上倍増の“情報収集”完全マニュアル (実務入門)』日本能率協会マネジメントセンター
『先読みできる!情報力トレーニング (ビジマル)』TAC出版

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