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君は知っているか?!最強の起業家・日本のランボー舩坂弘さんを

君は知っているか?!最強の起業家・日本のランボー舩坂弘さんを
 最強の起業家であり、日本のランボーこと、舩坂弘さんという方を皆さんはご存知でしょうか?太平洋戦争でも最大の激戦地となったパラオ諸島の小さな島、アウンガルで、舩坂さんは何度も死にかけながら、決して諦めずに息を吹き返し、一人で米軍に向かって行きました。敗戦後に日本へ戻って来た舩坂さんが始めたこととは?キミアキ先生が解説してくれます。

君は知ってるか?!日本のランボー舩坂弘さんを

 今日は私の息子たちが大好きな、”日本のランボー”こと、舩坂弘さんのお話をしたいと思います。

 私は「最強の軍人である舩坂さん」というよりも、「渋谷大盛堂書店を創った社長である舩坂さん」の起業家としての一面を、とても尊敬しております。

 大盛堂書店は、今でも渋谷のスクランブル交差点前にビルがありますから、ご存知の方は多いと思います。

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日本のランボー、生きている英霊、不死身の分隊長、こと舩坂弘氏

 実は、渋谷大盛堂書店を始めるきっかけになったのも、「とにかくアメリカの先進性を知って欲しい」というその想いからで、わずか1坪の店から始まって、それが日本初の本のデパートになっていくわけなんですが。

 起業家向けの題材として、皆さんにぜひ知ってもらいたい方でございます。

死にたくても死ねない最強の軍人・舩坂弘とは

 舩坂さんという方は一言で言えば、死にたくても死ねなかった人ですね。

 時代が死なせてくれなかったっていうような人で、あのですね〜…この人、おかしい!!(笑)

 ホントおかしい人なんですよ。

1944年9月 アンガウルの戦い

 この人をおかしくさせたのはですね、 1944年9月・アンガウルの戦い という、日本にとっては非常に厳しい戦いが、まずはきっかけとなりました。

 実際、アンガウル島という島がどこにあるかといいますと、パラオなんですね。

 私達ゲーム世代は、だいたい太平洋戦争系のことは、KOEIから出ていた「提督の決断」というゲームで覚えているんですが、皆さんご存知でしょうか?

 このパラオの本島から、かなり離れた一番南に位置するのがアンガウル島です。

 その北がペリリュー島です。

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 もうペリリュー島でも戦闘が始まっていましたので、要するに、補給船も絶たれた状態で、舩坂さんはアンガウルの戦いを迎えます。

 舩坂さんは、そんな絶体絶命の状況でも、戦わざるを得ませんでした。

 兵力の差も歴然としていました。

 日本1,250人に対して、アメリカ21,000人ですので、悲しい事なんですが、日本は玉砕しています。

 圧倒的に無理ゲーなわけですから。

 戦死者1,191人でほぼ玉砕。残りの59名が捕虜となったんですね。

戦い3日目:左大腿部に裂傷 軍医に自決用手榴弾を渡されるも!

 非常に厳しすぎる戦いの中で、舩坂さんは戦い3日目で、なんと左太ももに重症を負います。 

 軍医が一目見て、こりゃもうダメだと思い、自決用手榴弾を渡してた程の重症でした。

 つまり、この時既に舩坂さんは死んでるんですよ、本当は。

 ところが、この人凄いのは脚を日章旗で止血して夜通し這ってですね、凄いんですこの人!

 這う力っていうのが凄くて、陣地に帰り着いて、翌日にはどうにか歩けるようになるまで回復しているんです。

 バケモノとしか言いようがありません。

 で、そのバケモノぶりをご本人は「生まれつき傷が治りやすい体質」なんて、後日談として簡単に仰ってるんですけれども…

 傷ってそんな簡単に治りませんよね!

 そして舩坂さんはこの後も何度も死にかけるんですけれども、何度も治っています。

ジャック・バウアーもびっくり!ゲリラ戦で米兵200人以上殺傷

 最初は、擲彈筒や臼砲の銃火器を弾が尽きるまではガンガンに使って、米兵200人以上を殺傷したと言う風になっています。

 戦いがどんどん厳しくなっていって、もう軍隊としては機能しなくなったんでしょうね。

 それでもゲリラ戦となると、この人は本当にちょろい武器でもガンガンに戦う訳ですね。

 拳銃3連射で3人倒すとか、これ「24」のジャック・バウアー並ですよね。しかもその時は、米兵から鹵獲した短機関銃で3人まとめて倒しているんです。

 うちの息子たちは、ここで「弘スゲー!!」とか言って、大興奮なわけですよ。

 更には1人銃剣で刺して、なおかつ今度は銃剣投げて、短機関銃持ちの兵の首に刺して倒してるんです。

 もうこの人、本当に凄いんです。ランボーも真っ青な話ですが、これ実話なんですね。

腹部の重症にウジ虫が涌き、自決をはかるも手榴弾が不発

 ただ、この凄さがあってどんなに頑張ってもね、所詮1人で頑張っている訳です。

 やっぱり相手の圧倒的な組織力、軍隊には通用せんわけです。自分の仲間もどんどん死んでいってしまう訳ですから。

 そして遂に、腹の重症のところにウジ虫まで涌いて来たと。

 ここで舩坂さんも、1回は死のうと思って手榴弾のピンを抜くんですけれど、それが不発と。。

 これでまた、スイッチ入っちゃったんでしょうね。

 今度は一矢報いてやろうと思って、またスゴイことやり遂げます。

 手榴弾6発体にくくりつけて匍匐前進(ほふくぜんしん)を4日間も続けます!

 敵の見張りをどんどんかわして行ってですよ、米軍の司令部まで20メートルの距離に遂に来たと。

 これ一体どんな状況なのよ〜、という4日間です。想像を絶する精神力がないと、こんなことは出来ません。

負傷24ヵ所/重症5ヵ所/砲弾の破片の食い込み20ヵ所/脱臼・捻挫・火傷

 その時の舩坂さんですが、負傷が24ヵ所、うち重症5ヵ所、砲弾の破片の食い込み20ヵ所で、脱臼・捻挫・火傷という状態です。

 この状態で生きてる方がおかしいでしょう?

 もちろん水も食料もあんまり無いんですよ。補給船絶たれてるんですから。

 そんな中で匍匐前進して行ってね、腹にはウジが涌いているし、それでも一矢報いてやりたいっていうこの根性が凄いですよね。

 この根性は、我々も商売をやっていく上でいろいろキツい事もあるけれど、そんなキツさの次元じゃあ無いですよね、本当の生き地獄じゃないですか。

米軍司令部に単身斬り込み!米兵1万人VS舩坂弘1人

 そして舩坂さんは、4日間の匍匐前進で米軍基地にたどり着いた後、米軍の司令官が集まるのを待ってました。

 やがて、米兵の司令官がジープに乗ってやって来きて、司令官が集まりました。

 ここで遂に、舩坂さん1人で斬り込みます!自分も死ぬ覚悟で爆弾抱えて行くわけです。

 米兵1万人VS舩坂弘は1人〜っ!という、前代未聞の条件での戦いなわけです。

 ところが、やっぱりなかなか難しいものでですね、首を撃たれてしまいます。それで一旦は戦死と判断されます。

 米軍の軍医から、手榴弾を握りしめた指を1本1本外されながら、「これがハラキリだ。日本のサムライだけができる勇敢な死に方だ」なんて感慨深げに言われて、一応死んだことになっています。

 舩坂さん、一応ここで死んだことになっているんですけれども。。。

3日後に野戦病院でなんと生き返る!

 ところが日本のランボー、やっぱスゲェ!!

 なんと舩坂さんは3日後に、野戦病院で生き返っちゃうんですよ。

 自決をはかろうと思っても、手榴弾が不発で死ねない。今度は一矢報いてやろうと思って突撃をしても、それで首を撃たれてもまた生き返っちゃうわけです。

 今度はペリリュー島の捕虜収容所に移されるんですが、移された後も瀕死の状態だったので、監視が甘かったんですね

 それを利用して、今度はそこから逃げたんです。脱走したんですね。

 重症の状態で逃げて、1000メートル潜んで、日本兵の遺体より火薬を手に入れ、米軍火薬庫を爆破したんです。

 これも凄いんですが、この後も凄いんです。ここまで来たら、もう笑うしかないくらい凄い。

爆破後に来た道を戻り、翌朝の点呼に普通に参加

 なんと舩坂さん、爆破に成功したら、今度は来た道を戻り、翌朝の点呼に何食わぬ顔をして、参加をしていたそうです。

 そしてこの人の本当に凄いところは、俺1人でも、1人でも最期まで戦い抜くから!ってね。これが本当に凄いですよね。

 この後も飛行場を一人で2ヵ所爆破しようとして失敗しまして、最後の時に捕まりました。

 だから米軍にしてみたら、この人は呆れ返るくらい仕様がないわけです。

 そこで、グアム、ハワイ サンフランシスコ テキサス…いろんな収容所を回されて、1946年に無事、日本へ帰国されています。

 日本国内にいた家族は、1944年に死亡通知を国から渡されているので、地元の人達はしばらく、「生きている英霊」なんてアダ名を付けるんですが、英霊って死んだ人のことですから。

 それくらいの状況から、日本のランボーこと、舩坂弘さんは生還したわけです。

舩坂弘さんの人生は今の経営者に勇気を与える

 後に舩坂弘さんは、冒頭でお話した「渋谷大盛堂書店」というのを1坪から始められます。

 要注意人物、日本のランボーとして、アメリカ各地を転々とする中で、敗戦の原因が知識の差から始まっていることを知り、日本にも本のデパートが必要だと、彼は感じたそうです。

 今では、大盛堂書店のように、ビル丸ごと一棟を本屋さんにするスタイルは当たり前なんですが、彼がまさに命をかけて経験したことから、このビジネスモデルも始まりました。

 本当の生き地獄をくぐって来た船坂さんは、85歳で天寿を全うされます。

 思うに、我々のような経営者でも辛いことっていろいろ有るんですけれど、この人の突破力だったら、我々が日々「壁」に感じている難しいこととか、何の難しいことも無いんだろうなと。

 そう感じて、勇気をもらえます。

 それくらいの生き地獄をくぐって、やがて経営者になった人の生き様を、今日は皆さんにどうしても紹介したかったんです。 


 

2016年4月6日

大盛堂書店 舩坂弘 アウンガルの戦い パラオ諸島 ランボー 米軍 経営者 苦難

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